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第15話『橘さんの秘密』


 その後、背後の泉から突然叫び声が……聞こえることはなく、水浴びを終えたたちばなさんは満足顔で戻ってきた。


「……なんか、疲れた顔してる?」


「な、なんでもないよ。大丈夫」


 空に向かって呆ける俺を見て、橘さんは心配顔をしてくれる。


 ため息まじりに視線を落とすと、水分のせいか彼女の髪はいつもより艶やかで、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。


 そして、そんな髪以上に気になる部分があった。


 水気で髪がまとまっているせいか、普段は長い前髪に隠れて見えない彼女の左目が露わになっていた。


 海のような色をした右目と違って、その左目は薄い琥珀色こはくいろで、吸い込まれそうな美しさがあった。


「……綺麗だね」


「え、何が?」


 本当に自然に、そう口にしていた。橘さんはわかっていないのか、色の違う双眼をぱちくりさせる。


「いや、その瞳なんだけど……」


「あ……こ、これは、違うの!」


 おもむろにその左目を指し示した時、橘さんは慌てふためき、額に張りついた前髪へ手櫛てぐしをかける。


「ご、ごめん。気持ち悪いよね」


「いや、別に気持ち悪くなんて……橘さん、オッドアイだったんだ」


「……高木たかぎくん、オッドアイを知ってるの?」


「うん。ゲームとかだと、よくある設定だからさ。実際に見るのは……さすがに初めてだけど」


 そう伝えると、彼女は安心したように息を吐き、へなへなとその場に座り込んだ。


「そ、そうなんだね……周りにこんな瞳の人いないから、ずっと隠してたの。へ、変じゃない?」


「全然。むしろ、かっこいいと思う」


「か、かっこいい……!?」


 再び率直な感想を口にすると、橘さんは明らかに動揺していた。


 確か、オッドアイの日本人が生まれる確率は一万人に一人だと、どこかのサイトに書いてあった気がする。


 見た目が少し違うというだけで排他的になる人間は多いし、橘さんが色の違う両目にコンプレックスを感じ、隠していても不思議はなかった。


「それなら、異世界に来て、良かったんじゃないかな」


「え、どういうこと?」


「俺、ニラードの街でオッドアイの人を見たんだ。少なくとも、十人以上は」


「そ、そうなの? わたし、全然気づかなかった」


 俺の言葉を聞いて、橘さんは口元に手を当てながら目を丸くする。左右の瞳が、それぞれ違う色の輝きを放っていた。


「つまり、何が言いたいかというとさ……橘さんも、隠す必要ないと思うよ。この世界では、『当たり前』なんだと思うし」


「そ、そうなの、かな」


 呟いたあと、橘さんは目を伏せ、何か考えるような仕草をする。


「……ありがと。でも、ずっと隠してきたから、すぐには無理。もうしばらくは、わたしと高木くんだけの秘密にしておいて」


 やがて顔を上げた彼女は、まっすぐに俺を見てきた。確固たる意志を秘めた目で射抜かれ、俺は頷く。


「じゃあ、この話は、もうおしまい。高木くんも水浴びしてきたら?」


 続けて、表情を和らげながらそう言ってくれる。周囲の空気がふっと緩んだような、そんな気がした。


「え? いや……俺はいいよ」


「ダメ。わたしと同じで、ずっとお風呂入ってないよね。水浴びするだけでも、かなり違うよ」


「そ、それはわかってるんだけど……もし、俺が水浴びしてる時に魔物が来たら大変だしさ」


「どうして? すぐに合体して戦えば……はっ」


 そこまで言って、橘さんも俺の言葉の真意に気づいたのだろう。一気に顔が赤くなった。


 ……俺たちが『合体』するためには、必ず手を繋ぐ必要がある。


 それがたとえ、相手が水浴びの最中であっても。


 要するに、さっきまでの俺と同じ状況を、橘さんは想像しているのだ。


「じゃあこの先、もしお風呂が見つかったとしても、危機管理のためには一緒にお風呂に入ることも必要だったり……? 今も同じベッドで寝てるけど、お風呂はさすがに……」


 続けて、橘さんが視線を泳がせながら小声で何か言っていた。


 正直、そこまでする必要はないと思うけど……もしかして橘さん、妄想力たくましいのかな。


「と、とにかく、そういうわけだから、俺は水浴びしなくていいよ。いい感じに休めたし、そろそろ出発しよう」


 そう言って無理やり会話を終わらせると、俺は歩き出す。


 背後からは、いまだに橘さんの呟き声が聞こえていた。


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