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第12話『討伐報酬と、バックプリント』


 ニラードの街に戻った俺たちは、そのままの足で冒険者ギルドへと向かう。


「おお、勇者様の凱旋がいせんだよ!」


 そして入口の扉をくぐると、ヨルゲンさんのそんな声に迎えられた。


「話は聞きましたよー。あの銀影ぎんえいのグラウを倒したんですよね?」


「ただ者じゃねぇとは思ってたが、いきなり成果を上げやがるとはなぁ。俺たちもうかうかしていられねーな!」


「え、えっと……どうも……」


 彼に続いて、受付さんや見知らぬ冒険者からも次々と声をかけられる。


 どうやら一足早く冒険者ギルドに戻ったヨルゲンさんが、森での出来事を吹聴したらしく……ギルドの中は俺たちの話で持ちきりだった。


 ……正直、陰キャの俺たちにとっては非常に居心地が悪い。


 隣のたちばなさんを見ると、その目線はすでに出口へと向けられているし。俺も報酬を受け取ったら、速やかにこの場から立ち去りたい。


「確かに、この二人があのグラウを倒したんだぜ。ほれ、これがその証拠だ」


 場を盛り上げるようにグリッドさんが言い、巨大な尻尾をカウンターに置く。直後にざわめきが広がった。


「こ、これほど巨大な尾は銀影のグラウ以外にはありえませんね。依頼達成ということで、報酬をお支払いしましょう」


 カウンターから半分はみ出した尾を前に受付さんは顔を引きつらせるも、取り繕うように言って奥へと引っ込んだ。


 やがて大きな袋と、二枚の書類を持って戻ってくる。


「こちら、報酬の4万イングになります。1000イング銀貨40枚なので、かなりの重さになりますよ」


 カウンターに置かれたそれは、がちゃっ、と金属音を響かせた。


「それと、こちらはうちのギルドマスターからの通知書になります。お二人の功績を鑑みまして、冒険者ランクをFランクからBランクに引き上げるとのことです」


「ははっ……たった1日で俺と同じランクになったか。こりゃ、抜かれる日も近そうだな」


 受付さんの言葉を聞いたグリッドさんは自虐的に笑う。相手が勇者候補なら仕方ない……なんて声が、どこからか聞こえた。


「あ、ありがとうございます。これからも頑張ります……」


 注がれる視線に内心悶えながらそう口にした時、服の端を掴まれていることに気がついた。


 その犯人は橘さんで、うつむきかけたその顔は真っ赤になっていた。


 くいくい、と上着の端を引っ張るその姿は、『早く行こう』と暗に言っている気がした。


「……トウヤ、でかい仕事を成し遂げたあとは、打ち上げと称して皆に酒を振る舞うのがギルドの決まりだ。旅の資金は十分貯まっただろうし、ここは2000イングくらい出しとけ」


 その時、グリッドさんが耳打ちをしながらそう教えてくれる。


 言われて思い出したけど、冒険者ギルドが運営する酒場もあるって言ってたっけ。


「あの、これで皆さんにお酒をお願いします」


 俺はそう言って、受付さんに1000イング銀貨2枚を渡す。直後に歓声が沸き上がった。


「さすが、勇者候補様は太っ腹だぜ!」


「これからも応援してるからな! 頑張れよ!」


 周囲が異様な盛り上がりを見せる中、酒の飲めない俺たちはこっそりとその場を離れ、足早に冒険者ギルドをあとにしたのだった。


 ◇


 その後、俺と橘さんは街の商店通りにやってきていた。


「……すごい熱気だったね。倒れるかと思った」


 俺の少し後ろを歩きながら、橘さんはため息まじりに言う。


「でも、なんでせっかく儲けたお金からお酒代を出してあげないといけないの?」


「男の職場っぽいし、ギルドってあんなノリだと思うよ。俺もゲームでの経験しかないけどさ」


「それにしたって、2000イングだよ? わたしたちの泊まってる宿屋だと、四泊はできるし、ご飯だって5回は食べられる。自炊して節約すれば、たぶんもっと……」


「た、橘さん?」


「これから旅に出るんだし、無駄遣いしちゃダメ。わかった?」


「わ、わかりました。次から気をつけます」


 普段とはまったく違う彼女の雰囲気に気圧され、俺はそう言葉を返すしかなかった。


 もしかして、橘さんはお金に厳しいタイプなのかもしれない。


 記憶力も良さそうだし、家計簿には1円単位で細かく記録していそうだ。


「それで、これからどこに行くの?」


「まとまったお金が入ったら、行きたい場所があったんだ」


「今言ったよね? 無駄遣いは……」


「だ、大丈夫。無駄遣いじゃないと思うから。ほら、ここだよ」


 そう弁解しつつ、ちょうどたどり着いた店を指し示す。


 ショーウィンドウはないけれど、店の中にはいくつもの衣装が並んでいた。


「……洋服店?」


「そう。この世界じゃ学生服は目立つしさ。これから旅をするのなら、現地の服を着たほうがいいと思って」


「うん。それなら無駄遣いじゃないね」


 わずかに声を弾ませる橘さんを先導するように、俺は洋服店の扉に手をかける。


 ……正直、こういう場所はあまり得意じゃない。下手なクエストより難易度が高い気がするけど、頑張って乗り越えないと。


「はーい、いらっしゃいませぇー」


 入店を知らせる鐘の音が響き渡ると、女性店員が駆け寄ってきた。


 立派なケモミミがあるところからして、獣人族のようだ。


「あの、旅の衣装がほしいんですが」


「あら、旅人さんなのねー。職業によっていくつか種類あるけど、どれがいいかしら?」


 店員さんが指し示す先には、魔法使いのローブから戦士の鎧に至るまで、多種多様な衣装が並んでいた。ゲーム好きとしては、これは目移りしてしまう。


「え、えーっと、どれがいいのかな」


 一方の橘さんは女性服のコーナーで右往左往していた。


「あなたスタイル良いし、彼氏さんを悩殺したいならこのビキニアーマーがオススメよ?」


「か、彼氏じゃないし。それに、こんな露出が多い服、絶対嫌」


「そう言わないでー。とりあえず着てみましょ。試着室、こっちだから」


「あ、あわわわ」


 そのやりとりをなんとなしに眺めていると、橘さんは女性店員に捕まり、試着室へ連行されていった。


 店員さんの陽キャパワーには陰キャじゃとても太刀打ちできない。洋服店はこれがあるから怖い。


「あ、あのあの、脱がさないで」


「女同士だし、気にする必要ないじゃない。あら、変わった下着ねー。お尻のそれ、クマかしら?」


「こっ、これはっ……違うの……!」


 やがて、試着室の布越しにそんな会話が漏れ聞こえてくる。


 お尻のそれって……バックプリントなのかな。寝言の件もあるし、クマが好きなのかも。


 思わずそんなことを考えていると、おもむろに店員さんが試着室から出てきた。


「はいこれ、彼女さんの服。少しの間、持っててねー」


「え」


 彼女は俺に橘さんの制服を手渡すと、そのまま試着室へ戻っていく。


 俺は呆然と立ち尽くしたまま、手元の制服に視線を落とす。


 というか、女子の制服なんて初めて触ったんだけど。脱いだばっかりだから、まだ温かいし。


 ……って、何考えてるんだ俺。


 ぶんぶんと頭を振るも、ほのかな温かさはしっかりと手に伝わってくる。


 冷静さを保つため、彼女の制服をアイテム収納庫にしまっておこうとも考えたけど、あれは合体中しか使えない。俺一人じゃどうしようもなかった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか」


 悶々とした気持ちになっていると、男性店員から声をかけられた。


 ……しまった。見つかった。


「よろしければ、最近の流行服などご提案させていただきますが」


「あ、いえその……よ、よろしくお願いします……」


 後光が差すほどの陽キャオーラに、陰キャの俺は一切抵抗できず。


 そのままなすすべなく、彼のあとに付き従ったのだった。


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