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第5話『冒険者ギルド』

 食事のあと、俺たちはグリッドさんに連れられ、とある建物を訪れる。


 そこに掲げられた看板には『冒険者ギルド』と書かれていた。


「まさか、いいところって冒険者ギルドですか?」


 俺がそう口にすると、グリッドさんはニヤリと笑う。


「森の主を倒せるほどの実力があるんだ。ここで働くのが一番手っ取り早いだろうよ」


「それは……そうかもしれませんけど」


 俺は思わず納得するも、隣に立つたちばなさんは状況がよくわかっていないようだ。


 同じ建物に入っていく筋骨隆々な男性たちを見ながら、「このお店、なんだか危なそうな気配が……」と、尻込みをしている。


「女の冒険者もいないわけじゃないが……アカネはこういう仕事は苦手か? なら、ギルド直営の酒場で配膳係の募集が……」


 ぶんぶんぶんぶん!


 グリッドさんがそんな提案をするも、橘さんは全力で首を横に振った。


 彼女も陰キャだし、接客業なんて死んでも嫌なのだろう。


「そ、そこまで嫌か? なら、トウヤと一緒に頑張りな。冒険者も稼ぎはいいぜ」


 そう言いながら、彼は建物の中へと入っていく。


 いまだに顔色の悪い橘さんを励ましたあと、俺もその背を追ったのだった。




 冒険者ギルドに足を踏み入れると、そこはむせ返るような熱気に満ちていた。


 受付カウンターの周囲に設置されたテーブルでは、野心溢れる冒険者たちが会話に花を咲かせていて、入口近くに設置された掲示板には依頼らしき紙が無数に貼ってある。


「ジャイアント・オークの討伐……1体につき、600イング。最大5体まで。受注資格:Dランク以上」


 その一つが目に入ったのか、橘さんが呟く。


「魔物を倒したら、お金がもらえるんだね。猟師さんみたいな感じかな」


「えーっと、たぶん似たようなものかな」


 危険度はだいぶ違うと思うけど……なんて言葉を飲み込みつつ、その質問に答える。


「魔物のお肉、食べるのかな……ジビエみたいに」


「さ、さあ? どうかな」


「おーい、こっちだぞ」


 そんな会話をしていると、グリッドさんが俺たちを手招きする。受付カウンターの近くに立つ彼の手には、二枚の書類が握られていた。


 それに導かれるように俺たちも受付に向かい、係の女性から説明を受ける。


「このたびは冒険者ギルドに入会ということで、ありがとうございます。グリッドさんから紹介を受けていますので、身元情報は不要です。こちらにお名前だけお願いします」


 彼女に言われるがまま、書類を記入していく。


 この世界の文字なんてわからないけど、脳内で言葉を思い浮かべるだけで手が動き、勝手に文字を記していた。


「わわ……手が勝手に……!」


 なるほど、これは便利だ……なんて俺が考える一方、隣の橘さんは明らかに混乱していた。


「あ、それと、こちらの備考欄に特技を書いていただけますと、仕事を斡旋あっせんしやすくなりますが」


「え、特技……?」


 営業スマイルで言われて、俺は固まる。


 この場合の『特技』は魔法が使えるとか、剣技が得意とか、そういうものだろうけど……思い当たるものは特にない。


 得意なものといえばゲームだけど、そんなもの書くわけにもいかないし。『スキル:合体』なんて書こうものなら、変な目で見られそうだ。


 思案しつつ隣を見ると、橘さんは特技の欄に『料理』と大きく書いていた。


 あ、料理得意なんだ……冒険者としては、あまり活かせそうにないけど。


「いやー、一気に二人も冒険者が増えるなんて、ありがたい話です。冒険者ギルドは万年人手不足でして」


 その時、受付の女性が俺たちを見ながらそう口にした。本心からの言葉なのか、本当に嬉しそうだった。


「おんやぁ、見るからに初心者らしい二人がいるなぁ」


 つられて嬉しい気持ちになっていた時、俺と橘さんの間に恰幅のいい男性が割り込んできた。


「キミたち、今から冒険者登録をするの? なんなら、先輩冒険者としてボクが面倒みてあげようか?」


 言いながら、俺たちの肩に手を回してくる。どこか粘っこい、耳障りな声だった。


「い、いえ……大丈夫です。間に合ってます」


 陰キャを発動しながら、なんとか言葉を絞り出すも……彼は回した腕に力を込める。


「まぁそう言わずに。こう見えてボク、冒険者ランクはDだから。色々教えてあげられると思うよ?」


「そ、そうですか。すごいですね……」


 愛想笑いを返しつつ、反射的にグリッドさんの姿を探すも……彼は顔見知りらしい冒険者と談笑していて、俺たちの状況に気づいていない。


「ちょっとヨルゲンさーん、お二人、嫌がってますよー?」


「またまたー、そんなわけないじゃないの。ねぇ?」


 見かねた受付さんがそうたしなめるも……ヨルゲンと呼ばれた男性は気にする様子もなかった。


 橘さんのほうを見ると、男性に肩を抱かれた彼女は顔面蒼白。その右手は助けを求めるように宙をさまよっていた。


 俺は彼女を安心させようと、思わずその手を取った。


 ――その直後、緑色の閃光が俺たちを包み込む。


「あ」


 次の瞬間、俺たちは冒険者ギルドの真ん中で、『合体』してしまった。


『あ、あああ、あああ』


 突然のことで橘さんは動揺しまくり。俺の頭の中には、彼女の声にならない声が響き渡っていた。


 合体後の感覚は以前と同じだったので、俺は深呼吸。冷静になって周囲を見る。


 俺たちの間にいたヨルゲンという冒険者は合体時に発生した衝撃波で吹き飛ばされたのか、床の上に仰向けでひっくり返っていた。


 そしてそれ以外の、ギルド中の視線が俺たちに集まっていた。


『た、高木たかぎくん、見られてる。皆から見られてるよ』


「橘さん、落ち着いて。すぐに合体解除しよう。そのあとは、何事もなかったかのように行動するんだ」


『わ、わかった』


「それじゃ、いくよ。せーの」


 再び緑色の光が視界を包み、俺たちは元の二人に戻る。


 このスキル、発動時には手のひらの紋章を合わせる必要があるけど、解除時は二人同時に願うだけでいいのだ。


「書類はこれでいいですか? チェックお願いします」


「お、お願いします」


 その後、できるだけ平静を装って書類を提出する。


 先程までの喧騒が嘘のように周囲が静まり返っている気がするけど、きっと気のせいだ。


「は、はいー。書類に不備はありません。ランクF、見習い冒険者として登録しておきますねー」


 合体シーンを目の前で見ていたはずだけど、受付さんは営業スマイルを崩さずに対応してくれる。さすが、受付嬢のかがみだった。


 これで俺たちも、晴れて冒険者に……。


「なぁ、あんたたち、さっきのはなんだ?」


「ビカっと光って、ぶわーっとなってよ!」


 次の瞬間、予想通りの反応が四方八方から飛んできた。


「な、なんでもないですー! 失礼しますー!」


 俺たちはほぼ同時に叫び、冒険者ギルドを飛び出したのだった。


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