「ものすごい音がしたから来てみたが……こりゃ、何があった?」
見ると、俺たちの背後に冒険者風の男性が立っていた。
年齢は四十代といったところで、金色の髪に不釣り合いな無精髭が印象的だった。
「こ、こいつは三つ首のダンテじゃねーか……まさか、お前らが倒したのか?」
「え、ええ、まぁ」
「すげーな。しかも、たった二人でか? 冒険者ランクいくつだよ?」
「ぼ、冒険者ランク? 知らない……」
近寄ってきた彼は、まっ黒焦げになって横たわる巨体を見ながら俺たちを質問攻めにする。
ぐいぐい来る謎の男性に、俺たちは揃って陰キャを発動してしまっていた。
つい視線を泳がせていると、隣の
……これは俺が頑張るしかなさそうだ。
「こ、この魔物、そんなに強いんですか?」
「おいおい、まさか、知らねーで倒したってのか? こいつ、この森の主だぜ」
緊張しながら尋ねると、そんな言葉が返ってくる。
森の主……追放直後にそんな奴と出会ってしまうなんて、俺たちはどれだけ運が悪いんだろう。
「と、ところで、あなたは?」
「俺か? 俺はグリッド。この森の近くにあるニラードの街で、冒険者をしてる」
彼は自身を指差し、白い歯を見せながら言う。
「え、近くに街があるの……?」
今にも消え入りそうな声で橘さんが言った直後、グリッドと名乗った彼は怪訝そうな顔をする。
「言われてみれば……お前ら、見慣れない恰好だな。このへんの地理にも詳しくないみたいだし、どっから来た?」
「えっと、実は……」
俺たちは自己紹介をし、自分たちがこことは異なる世界からやってきたことや、オルティス帝国からこの森に飛ばされたことを伝えた。
「……なるほどな。帝国から来たってことは、二人は勇者候補か。だったら、その変わった服装も納得だ」
「俺たちの話、信じてくれるんですか?」
思いの外あっさりと受け入れられ、俺は拍子抜けしてしまう。
「ああ、魔王復活が近くなったら、異世界から勇者や聖女が召喚される。この世界では有名な話だ。もっとも、俺も実際に呼ばれた奴を見るのは初めてだが」
彼はそう言って、俺たちをしげしげと眺めてくる。正直、気分の良いものじゃない。
「……あの、ジロジロ見ないで」
「おっと、悪い」
橘さんから言われ、グリッドさんは謝るも……気さくな態度は変わらなかった。
「ところで、お前らはこれからどうするんだ?」
「こ、これから? 特に決めてないですが……」
急に問われて、返答に困る。追放された俺たちに予定なんてものはない。
「それなら俺が住んでる街まで一緒に行かないか? ここで出会ったのも何かの縁だし、一緒に昼メシでも食いながら、異世界の話を聞かせてくれよ」
その時、俺と橘さんのお腹が同時に音を立てた。
……言われてみれば、この世界に来てから何も食べていない。
「はっはっは、勇者候補様は腹ペコか。奢ってやるから、遠慮せずについてきな」
彼はそう言うと、先頭に立って歩き出す。
俺たちは顔を見合わせたあと、彼についていくことにした。
少し苦手なタイプだけど、悪い人じゃなさそうだ。
……これまで数多の人間観察をしてきた、陰キャの直感だけどさ。
◇
グリッドさんが住むというニラードの街は、森を抜けて草原を少し歩いた先にあった。
周囲を城壁に囲まれていて、いかにも中世の要塞都市といった作り。ゲームで見る建物そのままで、俺は感動すら覚えていた。
巨大な門を通って街へ足を踏み入れると、そこはまさにファンタジー世界といった感じで、エルフ族やドワーフ族、獣人族たちが行き交っている。
グリッドさんは人間のようだけど、この街は人間より亜人種たちのほうが多い気がした。
「あの人、耳が尖ってる……向こうの人には尻尾が……」
俺にとってはゲームで見慣れた光景でも、橘さんは初めて見るものばかりなのだろう。小声で何か言いながら、俺の後ろを歩いていた。
「よーう、ステラ、今日は客人を連れてきたぜ」
やがて、一軒の食堂へと足を運ぶ。店員らしき獣人の女性と親しげに話しているし、グリッドさんはここの常連のようだった。
「さーて、お前ら、好きなもの食いな」
続いてメニューを渡される。この世界の文字は初めて見たけど、自然と日本語として頭に入ってきた。よくわからないが、そういうものなのだろう。
「クッケ鳥のエスポーラ風、森ガエルのオーブン焼き……」
それでも、並んでいるメニューは耳慣れないものばかり。冒険する勇気もなく、無難に『本日の日替わりランチ』を選んでおいた。
「それで……勇者候補ってことは、二人は旅の途中なのか?」
「いや、そういうわけでは……」
注文を終えたあと、グリッドさんが尋ねてくるも……俺は言い淀む。
「その、実は……」
少し悩んだあと、俺たちは勇者候補の一団から追放されたことを打ち明けた。
「は? 役立たずと言われて追放された? お前ら、森の主を倒してたよな?」
「それはまぁ、そうなんですが……こうなった以上、特に勇者を目指す必要はないかなぁと」
「ったく、トウヤもアカネも気が弱いな! もっと自信持てよ!」
彼は身を乗り出し、俺たちの肩をバシバシと叩いてくる。いきなり名前呼びだった。
「実力を証明して、追い出された帝国に戻るって手もあるが……ここからだと骨が折れるな」
予想外のスキンシップに動揺していると、彼はそう続ける。
「え、遠いんですか?」
「ああ、オルティス帝国は西の大陸にあるんだが、友人の船乗りいわく、かなり危険な海域を渡らなきゃいけない」
「そうなんですね……まぁ、戻る気なんてないですけど」
俺がそう口にすると、橘さんも頷いた。
「わたしも、戻りたくはないかな。むしろ、この世界をもっと見てみたいかも。変わったものだらけで、楽しそうだし」
橘さんはそう言って、青色の瞳を輝かせながら店内を見渡す。
そこでは多種多様な人々が見たこともない料理を囲み、厨房では炎の魔法を使っての調理が行われていた。俺にとっては何かのゲームで見た光景でも、彼女にはすべてが新鮮に映っているのだろう。
「そういうことなら、まずはこの国の王都を目指すといい。あそこはこの街の何倍も賑やかだぞ」
俺たちの話を聞いて、グリッドさんは人差し指を立てながらそう提案してくれる。
この世界がどんな状況なのか、まだわからないことも多いし。大きな街に行ってみるのもいいかもしれない。
「わかりました。その王都に行ってみます」
「決まりだな。王都では聖女召喚も行われるんだ。勇者と聖女はセットみたいなもんだし、勇者候補だって伝えりゃ、国王にだって会えるかもしれねぇぞ」
「いや、それは緊張するだけなので、さすがに遠慮しておきます……」
俺と橘さんがほとんど同時に顔を伏せたのを見て、グリッドさんはからからと笑っていた。
「ところでお前ら、王都に行くのはいいとして、旅費はあるのか?」
「え、旅費……?」
その直後に発せられた彼のセリフに、俺たちは声を重ねる。
「この街から王都まで、少なくとも2万イングは必要だぞ?」
イング……それがこの世界のお金の単位らしい。
「それって……かなりの高額ですよね?」
「ああ、この街で二ヶ月は暮らしていける」
「そ、そんなお金、ないんですけど」
「はっはっは、そりゃそうだろうな。安心しろ。メシ食ったら、いいところに連れて行ってやる」
俺たちの反応を予想していたのか、グリッドさんはどこか嬉しそうに言った。
いいところって、どこだろう……そんなことを考えていると、料理が運ばれてきた。