俺の接近に気づいたケルベロスが、強靭な前足を振り下ろす。
そのモーションをよく見てサイドステップで回避し、攻撃が空振ったところで足に一撃を加える。
直後、奴は苦痛に悶えた。
「よっし、効いてる! もう一発!」
同じ足をもう一度斬りつけ、すぐさまバックステップで距離を置く。
「へへ、こいつ、見かけの割に弱いんじゃね?」
『な、なんか
「そう? ゲームしてる時はいつもこんな感じだけど」
『あぁ……いるよね。そういう人』
俺が答えると、そんな声が返ってくる。当然その表情は見えないが、若干引いている気がする。
そんなことを考えた矢先、ケルベロスは別の足で攻撃を仕掛けてきた。
「……やべ」
『今の位置だと、65センチ後ろに下がれば当たらないよ』
反射的に剣で防御しようとした時、
……直後、鋭い爪が鎧の前面を掠っていった。
「橘さん、今の、なんでわかったの?」
『最初の動きと、体と腕の割合から可動域を計算したの』
思わず素に戻って尋ねると、彼女はさも当然のように言った。今の間に、そんな計算をしたのか?
続けて、ケルベロスはその巨体を縮こませる。
『今度は飛びかかってくるね。右に2メートル避けて』
言われた通りに横っ飛びをする。直後に黒い影が通り過ぎ、俺たちの背後の木が轟音とともに薙ぎ倒された。
「おかげで助かったよ。瞬時に計算できるなんて、もしかして橘さんって頭いい?」
『どうかな。よくわからない』
先程までと違い、今度は少し照れたような声が聞こえた。
そうこうしていると、接近戦は不利と判断したのか、ケルベロスはその口から火球を撃ち放ってきた。合体スキルに組み込まれているのか、攻撃を知らせるアラームが鳴り響く。
『は、早く防御して。なんとかいう盾』
「ライオットシールド!」
彼女に言われ、俺は左手をかざす。直後に淡く光る緑色の盾が出現し、火球を防いでくれた。
「ひゅー。盾があったの、忘れてたよ」
『きちんと覚えないと。あんな火の玉、当たったらヤケドじゃすまないよ』
今度は少し怒ったような口調だった。ちょっとずつだけど、橘さんの感情が読み取れるようになってきた気がする。
その時、ケルベロスの持つ三つの口に、それぞれ火球が発生した。
「三発同時に撃ってくる気だな。この盾で防げるかな」
『無理。さっきの攻撃で、その盾は35%分のダメージを受けてる。自然回復は間に合わないし、防げても二回まで』
思わず尋ねると、彼女はそう教えてくれる。
そのへんの情報は、さっきから俺の視界にも半透明のウィンドウで無数に表示されているのだけど、まだ戦闘に慣れないということもあって確認する余裕がないのだ。
中には武器選択の項目もあるので、ゆくゆくは戦闘中にも使いこなせるようにならないといけない。視線を送るだけで操作できるし、慣れれば簡単だと思う。
「わかった。じゃあ、回避する方向でなんとかしてみせるよ」
もしカスタマイズできるのなら、デフォルトで表示されるウィンドウを減らして、画面をわかりやすくしたいな……なんて考えつつ、俺は前方に向かって跳ぶ。
それによって奴の放ってきた火球の二発を回避し、最後の一発を盾で防ぐ。
「……よし、もらったぁ!」
そしてその巨体に肉薄すると、俺は中央の顔の眉間に剣を突き立てる。
それに反応するように上空から巨大な雷が落ち、ケルベロスの巨体を一瞬で焼き尽くした。
その後、戦いが終わったことで俺と橘さんは『合体』を解除。黒焦げになって横たわる魔物を前に、呆然と座り込んでいた。
「な、なんとか勝てた……」
俺は木々の間から見える空を見上げながら、大きく息を吐く。
スキル使用後のせいか謎の倦怠感があるけど、何度も使っていればそのうち慣れるんだろうか。
なんとなしに隣を見ると、橘さんは自分の手のひらをじっと見つめていた。
「あれ、もしかして転んだ時に痛めた?」
「ううん。そうじゃなくて……突然手を握られるなんて思わなかったから」
気になって声をかけると、ジト目とともにそう言われた。心なしか、声が怒っている気がする。
「いやその、あれは不可抗力というか……ああしないと、間違いなくやられてたから」
「……そうだよね。また使う必要があるかもしれないし、慣れないとダメだよね」
俺があたふたする中、橘さんは右手をにぎにぎしながら言う。その頬がわずかに赤くなっている気がした。
「そ、それにしても橘さん、本当にゲームやったことないんだよね?」
二人の間に流れる微妙な空気に耐えきれず、俺はそんな質問に逃げる。
「ないよ。どうしたの?」
「いや、魔物との戦いの時、やけに指示が的確だったから」
「あれは……その場で計算しただけ」
どこか沈んだ表情で、彼女は言った。
「いや、すごい能力だよ。ゲームだと、同じモンスターと何度も戦って攻略法を見つけていくんだけど、異世界ではそうはいかないしさ。すべてが初見だし、やられたらそこで終わりだから。さっきだって橘さんがアドバイスしてくれなきゃ、無理に突っ込んでやられてたかも」
「……高木くん、ゲームのことになると饒舌になるね」
「あ……ごめん」
つい熱弁を振るっていることに気づき、俺は顔が熱くなる。
そんな俺を見て、橘さんはわずかに微笑んだ。
……あれ? 橘さんってクラスじゃ目立たなかったけど、実は結構かわいいんじゃ?
前髪で半分隠れてるけど、顔は整ってるし。青い瞳はきれいだし。
その横顔を見た時、俺はなぜか、そんなことを考えてしまった。
「……どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ。それより、早くこの森から出なきゃ」
そのあと、妙な恥ずかしさが襲ってきて、俺は顔をそらして立ち上がる。
「……おいおい、こりゃ、何があった?」
それと時を同じくして、俺たちの背後から声がした。
橘さんと同時に振り向くと、そこにはいかにも冒険者といった風貌の男性が、唖然とした表情で立っていた。