「そう言えばだけど、バイトしているって小遣い少ないの?」
「まあね。そうと答えておく」
なんか含みのある返答が返ってきたが、もしかしたらバイトをしているのも家庭の事情だったりするのだろうか。
「あのエリア担当なの?」
「そうだね。
「じゃあ、また頼めば君が来てくれるんだね」
「あれ? もしかして私に恋しちゃった?」
「いや、そうではないけど……」
ウーバーの配達員なんかに恋をすることなんて、無いだろう。だけれども、いつだって人生は分からないものだ。
あの雨に恋をしてしまったように。
それは置いておいて、燐火、か。やはり仰々しい名前だ。親もどういう気持ちで付けたのだろう。もしかして毒親だったりするのだろうか。
「なあ、実はバイトを頼みたいんだけど」
「話し聞いてた? ここ、バイト禁止」
「でも君はしているじゃないか。ほらほら、ついでだと思ってさ」
「……変なことはやらないよ」
「分かっているって。で、仕事内容だけど、僕は小説を書いているんだ。それで今度書く小説は親子関係にスポットを当ててね。もし嫌じゃなかったやってほしいんだけど」
「報酬は?」
「一本二万」
「げっ、二万……欲しい金額だわ。分かった。やってあげる」
「商談成立だな。じゃあ、ライン交換しようか」
燐火は鼻歌を奏でながらスマホを取り出し、慣れた手付きでラインを起動した。なお、僕が手間取っていると、燐火は痺れを切らしたのか、
「フルフルでやろう。フルフルで」
と若干の鬱陶しさも露わにしながらもアドレスを交換してくれた。
「夜中とか急に連絡してこないでね」
「分かった」
チャイムが鳴った。するとボソリと「変な奴が隣だよ」とか毒を吐いたのが聞こえた。
この子、内心腹黒い? いまも澄ました顔が怖いんだけど……
◇◇◇◇◇
入学式が無事終わり、クラスメイトたちは「あの校長、話し長かったよな」とかもはや辞書に慣用句として載っていそうなことを喋っている。
僕も誰かと話した方がいいよな、と思って横を見遣ると燐火が「話しかけるなオーラ」を放っていた。
独りの方がいいのかな? そう思い僕は席を立った。教室の前方へと向かい、男子グループの集団に声を掛ける。
「よお。初めまして」
すると集団のなかの、一番高身長でイケメンな少年が僕の挨拶に答えてくれた。
「おう、初めまして。お前、名前は?」
「平野都です」
「治安がよさそうな名前だな」
僕は肩を竦めた。「そうか? 夜は危ないぜ。切れたジャックナイフが街を横行しているからな」
「千原ジュ●アかよ。切れたジャックナイフって。お前面白いな」
笑いながら、「そっちこそ」と返した。
するとその高身長は僕の隣の席を窺って、
「お前の隣の席、立ちんぼ女かよ」
「立ちんぼ?」
「ウリだよ、ウリ。きたねえ中年のおっさんに体売ってそれで金稼いでんだよ。中学の時からな。あいつとはあんまり関わらないほうがいいぜ。それが俺、
僕はどういう表情を作ったらいいか分からず、微妙な笑い方になってしまっただろう。
◇◇◇
僕はローリングストーンズの曲を聴きながら駅で電車を待っていた。
阪急電車宝塚線は、やはり都心部の電車とあって、数分に一回は電車が来るのだ。まあこれも、田舎者の僕にとったら大変なことなのだが、大阪市民の方はこれが普通らしい。
「よっすー。都君」
「えっ、ああ。君は」
あの高身長イケメン、猪狩君だ。僕は視線を動かさず、イヤホンだけ外した。
「なに?」
「金貸してくんね」
「はあ? 嫌だけど」
「は? てめえなに言ってんの」
「え、嘘うそ、いくら?」
思わぬ覇気の出し方に、僕はたじろいでしまった。
「とりあえず三万ね」
「うん」
そう言って渡そうとしたとき、手に持っていた金が奪われた。猪狩にではない。視線を動かすと燐火が立っていた。
「弱い者いじめとかださっ」
猪狩は舌打ちして、去っていった。
「ありがとう」
「はい」
そう言って彼女は一万円を僕に返してきた。
は? いや僕が取られそうになったのは三万円。だが今返してもらったのはどうしてか一万円だ。なして……
「ケツ持ち代。これからも守ってあげる代わりに月二万貰うから」
「いや、意味が分からんのだが」
すると彼女が醜悪の笑みを見せた。
「じゃあどうするの。このままだとあなた、今日のことがきっかけで虐められちゃうよ」
それは嫌だ。僕は溜め息を吐いて、「分かったよ」と答えた。