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第17話 新しい出逢い

 荷物が運ばれた。荷解きをしているとある写真が出てくる。それはエプロン姿の雨と一緒に撮った写真。僕は久しぶりに見る雨の顔に釘付けになった。

 どんなときも天真爛漫だった。からかい上手で、でも自分がからかわれるのには弱く、エロネタには赤面していた、そんな彼女。

 もう会えないんだと思うと、悲しみと怒りの累積がとめどなく溢れてくる。涙で塗れた自分の顔をぬぐい、天井を見上げた。これ以上涙が出ないように。


 ああ、駄目だ。たまらないんだ。彼女がもういないこの世に未練なんかない。いっそのこと自害という手もあるが、そんなことをしたところで彼女は喜んでくれるだろうか。

 いや、喜ばないだろうな。きっと自害したらあの世で僕の頬を強くはたくはずだ。

 この約束破りってね。

 僕は段ボール箱からノートPCを取り出し、執筆を始めた。

 時間を忘れて、ひたすらに。

 彼女への思いを文体に乗せて。


 気づいたら夕方になっていた。溜め息を吐いてPCを閉じる。

 腹が減った。ウーバーでも注文しようか。

 何を食べようかと悩みながら、ウーバーのホームページで店名のポップアップを見て思案する。

 いや、どうせ味も分からないんだしなんでもいいか。

 そう思い量が食えればいいや、とマックのビックマックのセットを注文した。 

 しばらくしたらインターホンが鳴らされた。玄関に出ると雨がっぱを身に付けている、女性がいた。ウーバーの配達員であろう彼女は、マクドナルドで注文した商品を渡してきて、それからにこりと微笑んだ。

「またのご利用、お待ちしております」

 そう言い残し、去っていった。


 会計はすでにキャリア決済で済ませている。

 段ボールを机代わりにして、それからハンバーガーやポテトを広げる。ポテトをつまみながら咀嚼する。溜め息をついて、重たい肩を撫でた。

 そしたらある記憶を思い出した。

 それはプールからの帰り道。バスの中で夕立を見ていた時だった。肩に違和感があったのは。肩を見ると雨が寝息を立てながら頭を乗せていた。

 僕はその雨の髪を撫でた。さらさらとした毛先を感じ、どこか厭らしい感情に支配される。だがそれ以上にこの少女の可愛さが愛情の琴線に触れてくる。

 やばい、と思ってかぶりを振るう。

 悲しみの雫と一緒にハンバーガーを食べる。味がしないはずなのに。あたかも悲劇の味がする。


 いや、悲劇の味ってなんだよ。


 ◇◇◇◇


 大阪市立希望ヶ丘高校。僕はそんな学校の一年生になった。

 入学式の日。中に入ってみると、校舎は全体的に綺麗だった。校内に貼りだされている掲示板の紙を見てみるとどうやらこの学校はまだ出来て三年らしい。

 ワックスが掛けられた階段を上がり、一年生の校舎の二階に渡って、一年五組の教室に入る。

 そこにはまばらに人がいた。黒板に書かれている席順通りに、窓際の席に座る。

「あれ、君——」

「ん?」

 突然、隣の席の子が話しかけてきた。女子だった。

 どこかで見たことがあるような……

 そしたら昨日のウーバーでの配達員の顔を思い出した。そうだ、この子だ。


「昨日のウーバーの‼」

 そしたら彼女が口許に手をあてて、

「静かにして‼」

 と注意をしてくる。

「この学校はバイト禁止だから。私がバイトをしていることは内緒にしておきたいの」」

「そうなんだ。ごめんそうとは知らず」

 手を合わせて謝ると、その子が微笑んでくる。

「別にいいよ。秘密さえ守ってもらえたら」

「……」

「ん? どうしたの?」

「まさか入学初日から同級生の秘密を抱えることになるとは思いもしなかったから」

 その子は苦笑して、

「ごめんね。秘密を背負わせちゃって」

「いや、いいよ。前も似たようなことがあったから」

「何なの? 似たようなことって……って、ごめんね、突っ込んだ話聞いちゃって」

「別にいいよ」

 そうは答えたが内心もやもやとした感情があった。

「答えたくない感じ? だったらさ名前教えてよ」


 そう強引に話題を変えて、興味津々と言ったように目を輝かせてくる。

「ああ、僕は平野都」

「なんか平安時代の貴族の名前みたいだね」

「そうか? 偏見だろ?」

「私の名前、当ててみてよ」

「見当もつかないなあ」


 嘘だ。先ほど見た板書に名字が書かれていた。

 ならなぜこうして嘘を吐いたのだが、遊んでやりたいからだ。

「本当に?」

「ああ、本当だ。全く分からない」

「私はね、中島燐火りんか。よろしくね」

「…………一言、言ってもいいか?」

「なに?」

 彼女は小首を傾げた。

「燐火って仰々しい名前だな」

 すると燐火の顔がその名の通り、真っ赤になって怒ってくる。

「もう知らない。女の子の名前を仰々しいだなんて」


 僕は笑った。笑えた。それは雨を亡くしてから久しぶりの感情の昂りだった。




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