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彼女の家に着く。玄関の傘立てに僕たちは傘を入れる。
「よお、帰ってきたのか雨」
「うん。智也くん」
「あれ、そいつ誰?」
長身で痩せぎすな、高校生ぐらいの若者が僕を目踏みしながら言った。
「平野都と申します」
僕は律義に頭を下げて挨拶をした。
すると智也、と呼ばれた少年が僕に手を差し出してきた。
「ありがとな。雨と仲良くしてくれて」
「はい」
僕はがっちりと智也と握手をした。
そして智也がコンバースを履いて「あっ、戸締りよろしくな」と言い残し、玄関を開けて去っていった。
雨は玄関の鍵を閉めて、それから段を上がり僕の目の前を歩き出す。階段を上がり雨ののところだろう部屋に入った。室内には甘い匂いと、プーさんのぬいぐるみがあって、女子らしい部屋だなと思った。
「どう、整理整頓はきっちりやっているでしょ」
「どうかな」
「えっ」
僕は窓の方へと向かい、金具のところに指を触れる。すると少しのほこりが付着した、
「あら、雨さん。まだまだね」
「むぅ、そんな意地悪姑の真似をするために来たんだったら帰ってよ」
「ははっ、ごめんごめん」
それから、僕はスマホで作成した短編小説を朗読した。彼女は固く目を閉じて、真剣に小説を聞いてくれているようだった。
そして朗読が終わり、彼女は一言「面白い」と。
「本当にその才能に嫉妬してしまうくらい、面白すぎる」
「そんなにか?」
「そんなに、だよ」
僕は頭を掻いて、「そうか」と言う。
「どこら辺が面白かったんだ?」
すると彼女は素直にも拙作の良かった点と悪い点を列挙してくれた。
「で、小説執筆は初めてだよね。その短編小説を新人賞に出してみるの?」
「いや、これとは限らない。十万字を書けたらそのほうがいいし、そっちのほうが選考を突破しやすいだろう」
「だよね。でも、どうしてそんなに詳しいの? まさか小説家を目指していたわけじゃないよね」
そう彼女が言いながら苦笑いを浮かべる。それに僕は肩を竦めて、
「いや、一つの事柄に興味を持ったらとことん追求してしまう性格なんだよ」
「ふーん。すごいね」
「すごいだろ」
「……」
「……」
「で。君のお母さんに会いに行く手筈だが、まず僕がゴーストライターとして十万字の小説を執筆する。もし文学賞を獲ればその登壇スピーチに君が出ることになる。芥川賞や海外文学賞を獲ることに繋がれば、ネット記事とかでそのお母さんに見てもらえるかもしれない」
僕が言い終わるも彼女は顔を俯ける。
「……どうしたんだよ。いったい」
「正直、お母さんには会いたくない」
「……もちろん、君の意見を尊重したいと思っている。でもね、僕の話で悪いんだけど、僕の脳は鬱血し一時は心肺停止までいった。そのせいで急性味覚障害を患った。その障害は十分な治療をすれば治るから良かったものの、僕は命の大切さを知ったんだ。君もそうなってからでは遅いんだよ」
「分かってる」
少し口調が刺々しかった。
もしかしたら余計なお世話だったのかもしれない。そう思い、謝ることにした。
「ごめん」
「謝るくらいだった初めから言わないでよ」
「そうだよね。ちょっと他人の家庭の事情に介在してし過ぎたかも」
「そうだよ。ほんと」
そう言いながら目を逸らす。
「同じ女として母親のことが許せないんだよ」
「そうだよね」
ここは素直に同調しておく。
「ねえ、私さ。いまのお義母さんのこと好きなんだ」
「良い人なの?」
「うーん、どうかな。私が障碍者なのが近所に知られて、悪い噂とか立っても気にしないでいてくれる。でも、あんまり会話もしない。これは憶測だけど互いに距離感を測りかねているんだと思う」
「そうなんだ……」
何か僕に出来ることはあるだろうか、と考えてからいやいやまた大きなお世話だろと自戒する。
少し思考を巡らせた。家でのまるで戦場のような空気。おぞましいだろうな。
「なあ、僕の家に住むか?」
「え?」
「いや、母さんと父さんに相談しないといけないけど、その雨と義母さん、あんまり仲が良くないんだろ。だったら一旦離れてみたほうがいいよ」
「そうかな」
「そうだよ。食堂だから昔で言うところの
「分かった。それに、都君と一緒にいられるしね」
そう言って挑むような目を向けてきた。
少しの恥ずかしさが僕を襲った。