三限の授業中、私のところに一枚の紙が回ってきた。周囲を見渡すと、三つ隣の席の女子が「読んで」とハンドサインをして見せている。
字が読めない私は対応に困った。この場合、どうすればいいんだろう。
俯く私に、その女子は困惑した顔をする。
そしたら、隣席の都君が私の態度を不思議に思ったのか、その紙を手に取った。都君は険しい顔をしたので、私は悪口が書かれているもんだと思った。
――しかし、違った。
「『私たちと友達になってくれませんか?』なんだこれ、わざわざ授業中に回すものか?」
紙を回してきた女子を慌てて見た。彼女はニコッと微笑んだ。
友達か。なんだろう、良い響きだ。
四限目の授業が終わると、都君が食事に誘ってきた。私はそれに応え、席を立った。
彼の背を追いかけながら屋上に入ると曇天が覗いていた。
「天気、悪くなったね」
「そりゃあ、六月だもん。梅雨の時期はこれぐらいだよ」
「……そっか」
ベンチに座って、お弁当箱を開けた都君。それを見てみると、たこさんウィンナーやポテトサラダ。唐揚げなどがあった。
「そのお弁当も自分で作っているの?」
「そうだよ。あっ、飯の交換をしようぜ」
私はしばし固まってしまう。そんな様子を見た彼は、「ああ、ごめん。嫌だったらいいんだ」と手を振った。
自分は俯いて、「いいよ」と言ってタッパーから唐揚げを箸で持ち上げて彼の口に突っ込んだ。彼は咀嚼しながら、「優しい味がする。君の親はたくさん愛情をかけているんだね」なんて言ってきた。思わず口角が引きつった。
どうしてそんなこと言うの? 少し悲しくなった。でも思う。そりゃあ勘違いもしてしまうよね。家庭の事情が分からなかったら。
「はい。僕のも」
彼の唐揚げをひとつ貰い咀嚼する。肉汁が口内であふれ出したことに驚いてしまう。普通、唐揚げは時間と共に冷えて固まってしまうものだ。それがないということになにか秘訣があるのではないかと思う。それを尋ねると、
「ああ、油を大量に使っているだけ」
ええ……まじか。じゃあこの一個の唐揚げにどれほどのカロリーがあるのだろうか。
でも、この時間はすごく心地良かった。それだけは確実だ。
4
「そう言えば……小説面白かったよ」
「本当に?」
唐突な話題でも、とても嬉しかった。でもぬか喜びは駄目だということが、彼のこの後の発言で分かった。
「でも文章は稚拙だった。まるで話し言葉のような文体。まあラノベだったらあれでもいいんだろうが。書いているのはミステリだろ?」
「……」
言ってもいいのだろうか。自分がディスレクシアであることを。
すると過去の記憶を思い出した。授業中にノートを取っていなかったら、いつの間にかクラスで浮き始めて、いじめられるようになったことを。
そのとき、自分の障害をどれほど恨めしいと思ったことか。
でも、彼のことを信じてみようとも思う。同じく夢へと邁進している彼を。
「私、発達性ディスレクシアなの」
彼は目を丸くしてから、その後うつむきざまに「ごめん」と謝ってきた。
「いや都君に非はないよ」
文章が拙いイコールディスレクシアとは繋がらないから。
「でもどうしてそんな大事なこと、僕なんかに告白してくれたんだ?」
「レイスの名言だけどね。『不用意に人を信じれば、いずれ手痛い仕打ちを受けることになる。かといって誰も信じることが出来なければ、人は生きていくことさえできないだろう。人を信じるとはそういうことだ』っていうのがあるの。それがゲーム好きの私の信条でね」
「レイスって、ああ、APEXか……」
そして彼は空を見上げた。
「かくいう僕もゲームが好きなんだ。とはいってもノベルゲーだけど。いろいろな選択肢を攻略していく中で導く解というものが、とてもかけがえのなものに思えてね」
「良いと思う。私なんかでもゲームの仕様がフルボイスだとプレイ出来るから。楽しんでるかな。私、鍵っ子だからね」
「僕も鍵っ子だ。なんか、思ったけど僕たち通づるものがあるかもね」
そう言って微笑んでくる彼。その表情に思わず見惚れしまう自分がいた。
なんて優しい笑みなんだろう。私と趣味が似ているぐらいでそんなに喜んでくれるなんて。自分はどれほど幸せなんだろう。