雨だれの中、僕——
中学の通学路。雨足が降りそそぎ水だまりが作られている。ぽつぽつと傘に雨音が鳴る。
僕は雨が好きだった。独特のアスファルトの濡れた匂いや、乾燥した空気。
ああ、清々しいな。
「雨の日って憂鬱になるよね」
「ホントそれな。メイクも決まらないし。ほんと雨が嫌い」
そんなことを愉快気に喋っている女子を遠目に見る。ゲラゲラと笑い悪口や不快感を露わにしている彼女たちを見遣るこちらが不愉快だ。
だがそんなことを思ったところで、なにも変わらないことは分かっている。
そしたらそらに一一羽の燕が空を飛んでいた。
そういえばと思い出す。山村暮鳥の雨の詩を。
「ひろい街のなかをとつとつと
なにものかに追ひかけれてでもゐるやうに驅けてゆくひとりの男
それをみてひとびとはみんなわらつた
そんなことには目もくれないで
その男はも遠くの街角を曲がつてみえなくなつた
すると間もなく大粒の雨がぽつぽつ落ちてきた
いましがたわらつてゐたひとびとは空をみあげてあわてふためき
或るものは店をかたづけ
或もるものは馬を叱り
或るものは尻をまくって逃げだした
みるみる雨は横ざまに煙筒も屋根も道路もびつしょりとぬれてしまつた
そしてひとしきり街がひつそりしづかになると
雨はからりとあがつてさつぱりしためづらしい燕が飛んでゐた」
そんな童話のような詩を思い出せたことに、燕に感謝する。
暮鳥は詩人でもあり童話作家でもあるので、このような詩が作れるのだ。
――羨ましい。
もう故人となってしまった暮鳥に憧れてしまっている自分がいる。
だが、そんな僕でも、この雨だけは好きだ。
静かで、凛としていて、そして艶やかだ。
そんなことを思っていると中学校に着いた。
2
クラス中がいつもの喧騒とは異なっていた。浮足立っている、そんな感じだ。
僕は自席に座ると友人の大石彰がやって来た。
「なあ、今日噂によれば転校生がやってくるらしいぜ」
「そうだったな。で?」
「え?」
「いや、たったそれだけなのならば別にどうでもいいというか」
「ほんと、お前って冷めているよな」
「褒めてんのか?」
「貶してんだよ」
そう言ってニイっと笑う、彼の不敵な笑みはどうも憎めない。そう僕は思った。
「どう解釈したら誉め言葉に聞こえるんだよ。このバカちんが」
「やめろ昭和の金八風情が」
しばしにらみ合って、それから笑い合った。肩を小突き合い、「またな」と言って大石は去っていった。
「みんな、席に座って」
担任の藤原圭吾先生は教壇の上に立ってそう号令をかけた。
「昨日、伝えたと思うが、今日転校生がやってくる」
先生は廊下に目配せする。そしたら廊下に立っていたであろう女子生徒が教室に入ってくる。同じく教壇に立ち、彼女は教室全体を見渡したのか、顔を左右に向けた。
「自己紹介を」
「
ほぼ全員が拍手をした。もちろん僕も拍手をした。
拍手をしなかったのは、転校生という目立つ存在に対して、多少の憂いを覚えている面倒くさい奴らだ。
彼女――雨は空いていた席である僕の隣に座り、すっと姿勢を正した。なんか大和撫子みたいだな。
僕は頬杖をついて、彼女の横顔をッじっと眺めていた。無自覚にも。それを見咎めるように彼女は、
「なに?」と棘を帯びた口調で訊ねてきた。
「別に」
手を振ってなんでもない、という意味のハンドサインを行った。でもだとしたらなぜ彼女のことを見つめていたのだろう。
これが、この行為が実は見惚れていた、ということに気付くのは、もうしばらく経ってからだった。