「焔、しっかり!」
俺がそう呼びかけると、焔は咳込み、血を吐いた。やっぱり、長時間の人狼化で体への負担が限界に達しているようだ。
せめて、肩の手当だけでもしないと…。
そう思った矢先、前方の闇にふたつの影が現れた。敵だ。恐怖で震える体。いや、震えている場合じゃない。俺が焔を守らなきゃ、彼はミレニアに
そんなこと、絶対にさせない。
俺が焔を…守るんだ。
俺は覚悟を決め、まっすぐ敵を見据えた。
次の瞬間、俺は静かに目を閉じて深く息を吸う。集中力を高めて、体の奥に眠る熱をゆっくりと呼び覚ます。天から授かった八咫烏の力。今こそ、それを解き放つ時だ。
俺の体を赤い靄がぼんやりと
俺は
今唱えているのは、焔を守るための詠唱──結界だ。
赤い結界を周囲に張って敵の侵入を拒む。焔には、指一本だって触れさせない。
詠唱が終わりかけたその時、敵が一斉に駆け出した。だが、俺の方が速い。「バチッ」という電流のような音が空気を裂いた後、地面を
敵は助走の勢いそのままに結界に触れ、思い切り仰け反る。結界に触れ、皮膚が焼けたのだろう。体からは灰色の煙が
上空から敵を見下ろすと、敵は俺が消えたと思い、混乱しているようだった。すかさず、俺は急降下を始める。十メートル…五メートル…狙いを定めて一気に落ちる。
そしてそのまま、鋭い爪を立て、敵の背に襲い掛かった。敵は体勢を立て直そうともがくが、体はふらついている。
今しかない!
俺は一度距離を取り、深く息を吸った。そして、目を閉じて静かに呟く。
──
八咫の羽よ 共に舞え
我が意志を受け 敵を討て
疾風を
雷鳴の如き 刃となれ
──
次の瞬間、俺の羽が輝き、光を
鋭い閃光に怯んだのか、敵はすぐさま退却する。俺は数秒、その場から動かず耳を澄ました。また敵が来るかもしれない。首を振り、周囲を警戒する。だが、残るのは小さく遠ざかる足音と、木々が風に揺れる音だけだった。
俺は静かに息を吸って、ぐっと頭を垂れる。流石に限界だ。元々怪我をしていたし、連続で詠唱を使ったせいで、体は悲鳴を上げている。
…真の八咫烏なら、このくらいの詠唱でへばることなんてないのに。
それでも俺は、震える足をなんとか動かし、小さく跳ねながら焔の元へと駆け寄った。
「焔…」
…雨だ。
見上げた空から、冷たい雨がぽつぽつと降り始め、やがて大粒となって俺たちを叩きつける。ぴゅうっと吹き抜ける冷たい風に、体が震える。このままでは、体力もすぐに奪われてしまう。
再び嘴で焔の制服を力いっぱい引っ張る。そしてようやく、うつ伏せだった彼の体を仰向けにさせることができた。
だが、見えた肩に思わず息を呑む。
SPTの制服が、今までに見たことがないほど深く、鮮血に染まっていたのだ。俺は慌てて、彼の袖を嘴で引き裂き、傷口に当てる。
「……くそっ、くそっ……止まれ!」
傷口に当てた布は、たちまち雨と血で滲んだ。せめて少しでも濡れないように、血が流れないように、俺は自分の体を焔の傷口に沿わせるようにそっと重ねた。
…何をしているんだ、俺は。こんなことをしても、焔は助からない。
俺がもっと強ければ、人間に
でも、俺は半人前。その事実が今、とてつもなく悔しい。
その時、再び木々がざわめいた。ハッと顔を上げ、鋭く耳を澄ます。すると、木々の向こうに、ぼんやりと人影が見えた。こちらに向かって移動している。どうやら一人しかいないようだ。それだけは救いだが、もう詠唱はできそうもない。
俺はじっと目を細め、闇を切り裂くように視線を送った。すると、敵の動きがぴたりと止まる。どうやら、こちらを警戒して様子を伺っているようだ。
…それなら、先に仕掛けてやる。
次の瞬間、俺は迷いなく、再び宙を駆けた。
俺の攻撃は、どうやら想定外だったらしい。敵は一瞬、体勢を崩した。だが、すぐに立て直し、鋭い爪を俺に向ける。
ザッという嫌な音が耳に響く。背後から切り裂かれる感触と同時に、俺の体は滑るように倒れた。起き上がろうとした次の瞬間、今度は足を斬り付けられた。
…最悪だ。そこは、今回の任務の初めに、傷を負った場所。再び全身に激痛が走る。
俺は必死で体を起こすが、力が入らず、バチャッと音を立てて濁った水たまりの中へ倒れ込んだ。
痛みに震えながら敵を睨みつけたところで、青ざめた。敵の視線が焔に向いている。そして次の瞬間、敵は鋭い爪を立てて、焔へと走り出した。
もう飛べない。どうする?
どうすれば、焔を守れる!?
こんな時、父さまなら──。
痛みと混乱の中、俺の