店の視線は一斉に私たちに注がれていた。先ほどの私に向けられた小西の怒鳴り声が、あまりにもデカすぎたのだ。
とはいえ、乗りかかった舟。もう後戻りはできない。夏樹のために、自分ができることをするしかないと、そう言い聞かせて、震える手をぎゅっと握りしめる。そして、小西をキッと睨んで口を開いた。
そう、全力の嘘をぶちかますために。
「実は私……夏樹さんの妹なんです。生き別れの…」
私の突拍子のない発言を受け、夏樹も、そして小西も目を大きく見開いていた。突然何を言い出すんだコイツは、と思ったのだろう。
「でも、夏樹お姉ちゃんは私を知らなくて…私、こっそりお姉ちゃんの後を追ってこのお店に…。小西さんの言う通り、ボイスレコーダーで録音したのはお店の接客を勉強するのが目的じゃありません。本当は…声を聞かせてあげたかったんです。お母さんに」
「私の…お母さん!?」
夏樹が驚きの声を上げ、両手を口元に添える。その表情は真剣そのものだ。どうやら、この即席の小芝居に付き合ってくれるつもりらしい。私はホッとしつつ、大きく頷く。
「うん。お母さん…去年から寝たきりで、ずっと夏樹ねえちゃんの声が聞きたい、聞きたいって言ってたから…だから私…どうしても届けたくて!!」
夏樹は私の話を涙ぐんで聞いていた。まさに迫真の演技だ。気付くと、店のあちこちから鼻をすするような声が聞こえる。どうやら、私の話に感動している人が少なからずいるらしい。そんな人を騙すような気持ちになり、一気に申し訳なくなる私だが、もう後には引けない。
私は目の前に置かれたおしぼりをサッと手に取り、目頭にあてる。
「…こんな形でバレちゃうなんて思わなかったけど…うっうう…」
言葉を絞り出すように呟き、顔を伏せる私。小西は口を半開きにして呆然としている。
もう、白蛇会を追い詰める作戦はほとんど失敗したようなものだ。これは、夏樹とお店を守るための嘘。とにかくこの場をどうにか切り抜けなければ。
そんな私を前に、小西はこう静かに呟く。
「てめえ、本気で言うつもりか?この夏樹がお前の姉だと」
「は、はい…ううう…」
おしぼりを目頭にあてながら、うなだれる私。
小西はしばらく私を見つめた後、深くため息をつく。
納得してくれた…?
一瞬だけ期待をしたが、その希望はあっという間に打ち砕かれた。小西の肩は再び微かに揺れていた。笑っている。それは明らかに馬鹿にしたような笑いだった。
「…せっかくのお涙頂戴のところ悪いが、
私はギョッとして小西を見る。決定的…?
すると、小西は夏樹を鋭く見据え、突然彼女のドレスに手を伸ばす。
「な、夏――!」
私が声を上げるのと同時に、小西は夏樹のドレスを乱暴に引き裂いた。店内がざわつき、夏樹の美しい青いドレスが無惨に破れ、胸元が露わになる。それを見て、私は息を呑んだ。
「嘘……」
小西は冷笑を浮かべながら、静かにこう言い放った。
「こいつはなあ…男なんだよ」