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第3話

「凪、こっちだ」


 財前に促されるまま、私はボックス席にちょこんと座り、周囲を見渡す。ここは、いわゆるスナックのようだ。煌びやかな着物やドレスに身を包んだ女性たちが、にこやかに男性と会話し、酒を注いでいる。


 シャンデリアの控えめな光が店内を上品に照らしているが、漂うタバコの煙と香水の香りが、私には少しきつい。


「驚いたか?」


 ドカッと席に腰を下ろした財前が、私に尋ねる。


「驚いたっていうか、未成年の私が来ていいお店なんですか!?ここ…」

「いいからいいから。好きなもん頼め。ここは俺のおごりだ」


 そう言うなり、財前はぶっきらぼうにメニューを私に手渡す。ソフトドリンクはコーラとウーロン茶のみ。私はコーラを、財前は迷いなく日本酒を頼んだ。どうやら、このお店にボトルをキープしているらしい。


 数分後。私たちのテーブルにコーラと日本酒の一升瓶が運ばれる。ストローが差し込まれたコーラを一口飲むと、緊張しているせいか、喉を駆け抜ける炭酸がやけに強く感じた。


「あの…そろそろ教えてくれませんか?どうして私を…」


 そう言いながら財前を見て、驚いた。先ほどのおちゃらけた表情とは打って変わり、好きな酒にも手をつけず、腕を組み、鋭い目つきで店の入口を探るように見ていたのだ。


 彼の視線を追うと、そこにいたのはあの夏樹。来店したばかりの男性客と親しげに話している。どうやら、財前は彼女の様子を伺っているらしい。

 突如として真剣な表情を浮かべる財前を見て、私はある考えに辿り着いた。


 さっきの二人のやり取り。

 そして、この財前さんの視線。

 もしかして…。


 思わずにやりとしてしまう私。そのタイミングで、私の視線に気づいたのか財前がギョロッとこちらを二度見する。


「あ?どうした?」


 私は笑みを浮かべながら、得意げに言い放つ。


「…さては財前さん、さっきの夏樹さんに、ですね!」


 どうだ!この完璧な推理!

 きっと当たっているはず…。


 そう思ってウキウキ財前の反応を待つ私。だが、次の瞬間、財前は上半身を力なくガクッと倒し、ソファーに崩れ落ちた。そして、眉をひそめながら、怨霊のような形相で私に迫る。


「…凪、てめえぇぇ~…」

「え?あれれ?」


 予想外の反応に声が裏返る私。この反応から察するに、どうやら違ったらしい。財前はさらに顔を私に近づけ、グイっと睨みをきかせる。


「適当なこと言ってんじゃねえ、このアホ!」

「ご、ごめんなさい!!夏樹さんをジーっと見てたから、てっきりそうなのかと!!」


 つい声が大きくなる私。すると、財前が人差し指を口元にあて、低く「シーッ」と小さく声を漏らす。


「静かに…気付かれる」


 私は慌てて口を押さえ、コクコクと頷く。財前は再び後方へと鋭い視線を向けた。そこには相変わらず男性客と親しげに話す夏樹の姿がある。どうやら、こちらの声には気付かなかった様子だ。


「…ったく。何勘違いしてんのか知んねえが…ひとつ教えてやる」

「え?」

「夏樹は俺の…」


 そう言いかけた次の瞬間、財前の表情が突然ハッと変わった。

 次の瞬間、私は財前に抱き寄せられる。突然のことに、思わず「ひいいっ」と声が出る。


 な、ななななな、何事!?


 チラッと通路を見ると、そこにはサングラスをかけた男が立っていた。どうやら夏樹を連れ添って、こちらを見ながら通り過ぎようとしていたらしい。男は私たちの背中を見て舌打ちをしながら、奥のボックス席へ腰を下ろす。夏樹はにこやかに笑い、彼の酒を用意し始めていた。男が席についたのを確認するなり、ため息をつく財前。


「ふー、ビックリしたぜい」

「したぜい、じゃないですよ!こっちがビックリするじゃないですか!」

「悪い悪い。あいつ、俺の顔知ってるからよ。バレたら面倒だ」


 財前は肩の力を抜き、再びソファーに体を預ける。


「それより聞いたか、凪?あいつ、俺たちを見て舌打ちしやがった」

「え?」

「あいつの心の声を代弁するとだなァ、『イチャイチャしやがって』ってなところか。女にモテねえ奴がひがんでる証拠だ。ざまあみろ」


 そう言うなり、財前はククッと笑い声を漏らす。

 一方の私は、呆れ顔で小さくため息をついた。


「一体、誰なんですか?あの男の人…?」

「あいつはな、白蛇会の奴だ」

「はくじゃかい…?」

「この辺の商店街で、悪質な地上げをやってる狡い極道だよ」

「地上げって…?」


 首を傾げる私に、財前はコホンと咳払いをして説明を始める。


「簡単に言うとだな、不動産や土地を安値で買い叩いて、再開発や転売で儲けることだ。だけど、売りたがらねえ連中がいるときは、ゴミを放置したり、騒音やら嫌がらせやらで追い出そうとする。中には水道やガスを止められたり、店に不審火が出たりってケースもあったくれえだ。『売らなきゃもっとひどい目に遭わせるぞ』ってな。白蛇会はクソみたいなやり口で、この商店街の色んな店を食い物にしてるってワケだ」


 私はゆっくりと頷く。そうなんだ。地上げなんて言葉は初めて聞いたけど、こんなにも酷いことが現実にあるなんて…。


「だから、様子を見にここへ?」

「ああ、三カ月前に一応ケリはついたが、最近になってまた動きがあるっていう情報が耳に入ってよ。ちょっくら調べてみたら案の定、今度はこのスナックが入っているビルを狙っているらしい。白蛇会の野郎、油断も隙もねえぜ。今夏樹の横に座ってる奴は白蛇会の幹部。週末に決まって顔を出すって夏樹から聞いてよ。今日来たってわけだ」


 そう言うなり、財前は再び後方を静かに睨む。私は少し疑問に思っていたことを口にしてみた。


「あの、どうしてそこまで?」


 私がきょとん顔で聞くと、財前は不意に優しい笑みを浮かべながら、私の頭をくしゃっと撫でた。


「ここは『夢の場所』だからな。あの、夏樹の」


 夏樹さんのため…?

 さっき、夏樹さんに対する気持ちを全力で否定してたけど、やっぱり財前さん、夏樹さんのことが特別なんじゃ…?


「…とにかくだ。今日来たのはあの白蛇会の幹部が顔を出すと踏んだからだ。そして、ここからが本番だぜ、凪」

「本番?」


 そう言うなり、財前はおちょこに注がれた日本酒をクイッと飲み干し、こう言葉を続けた。


「耳の穴かっぽじって、よーく聞け。白蛇会を一網打尽にするために考えた、俺様の秘策を、な」


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