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第2話

 それから数十分が経ち、一通りのご馳走を食べ、お腹がすっかり膨れた私とヤトは一休みしていた。ふと横を見ると、財前とバチッと目が合う私。彼は目を細め、何を思ってかジーっとこちらを見つめている。顔は先ほどよりも赤く、目はうつろ。かなり酔っぱらっている様子だ。反射的に私はサッと目を逸らす。


 今の財前さんと目を合わせたら、絶対ロクなことなさそう…。


 直感的に察しての行動だったのだが、この悪い予感はすぐ的中する。

 財前はゆっくり立ち上がると、今度は私の横にドカっと座り込んだのだ。


「どうしたあ、凪?ちゃんと飲んでるかあ?」


 そう言いながら財前は、目の前に置かれていた牛乳が入ったグラスに手を伸ばす。


 あっ…それ…。


 そう思ったのも束の間、財前は私(とヤト)の牛乳を一口飲んで顔をしかめた。


「なんだあ?カルーアミルクかと思ったら、ただの牛乳じゃねえかよ。凪!お前、こういう時は酒だろ!遠慮すんじゃねえ」


 そう言いながら財前は新しいおちょこを手に取り、勢いよく酒を注ぎ始めた。彼の手元は乱暴で、溢れた酒がポタポタと座卓に滴り落ちる。相当酔いが回っているのだろうか。それを見て、私は思わず青ざめる。


「ざ、財前さん!私、未成年ですから」

「あ?」

「だから、未成年なんですってば!!」


 精一杯声を張り上げる私。だが、宴会場はすでにかなり賑やかになっていて、私の声が掻き消されてしまう。


「ああ?何だ?周りがごちゃごちゃうるさくて聞こえねえからよ、ハッキリ言えや!まあ、とりあえず飲め。話はそれからだ」


 そう言うなり、財前はおちょこを手に持ち、私の口元にぐいっと押し当ててきた。抵抗する間もなく、冷たいおちょこが唇に触れ、酒のにおいが鼻を突く。冗談なのか本気なのかわからない財前の目に、私は戸惑いを隠せなかった。


 う、嘘でしょ!!


 思いきり口を閉じ、首を振る私。その様子に驚いたヤトが、羽をバタバタとさせながら財前の前で威嚇いかくするように立ちはだかる。だが、酔っぱらった財前は無敵モードなのか、ヤトには目もくれず、私に諭すように耳元で怪しくささやいた。


「細けえことは気にすんな。大丈夫、大丈夫。俺がお前くらいの頃にはな、樽ごと飲んでたんだぜ、酒を」


 いや、大丈夫じゃないし!悪い大人の手本みたいなこと、自信満々に言うな!


 財前は私の肩をガシッと掴み、おちょこを唇にグッと押し当ててくる。


 か、勘弁してえ~!


 思わず目をぎゅっと瞑った次の瞬間、不意に唇の冷たい感触が消えた。驚いて目を開けて見上げると、そこにはおちょこを持った焔が立っていた。彼は何も言わず、酒をグイっと一気に飲み干す。


「あ?」


 振り返った財前は、おちょこを奪われたことに気づいたのか、呆然とした表情を浮かべる。焔はそんな財前を見下ろしながら、毅然きぜんにこう言い放った。


「彼女はまだ未成年だ、財前」


 言い終わるなり、焔はガンっと勢いよくおちょこを座卓に置いた。


 あれ?いつもの焔さんとちょっと違うような…。


 二人の様子を伺う私とヤト、花丸。

 焔と財前は十秒ほど無言で睨み合う。すると、沈黙を破るかのように、財前がフッと軽く笑った。その様子を見て嫌な予感がする私。ま、まさか…。


「ほおお~。つまりあれか?この凪の分まで、俺が注いだ酒を飲んでくれるってわけか、焔よ」


 酔いのせいか、突拍子もない提案をする財前。支離滅裂しりめつれつなことを言いつつも、その表情はかなり楽しげだ。まるで、この状況を待ってましたと言わんばかりに。

 だが、私は内心安堵していた。冷静な焔が、財前の無茶苦茶な提案を受けるはずがないと思ったからだ。ところが、焔から飛び出したのは意外な言葉だった。


「いいだろう。受けて立つ」


 え!!??


 私とヤトは思わず息を呑む。焔の毅然とした態度はいつものことだが、今回に限っては、一瞬彼の足元がふらついたような気がした。いつもの彼と何かが違う。私はそっとヤトを見る。すると、ヤトは半ば呆れた表情で二人を見ていた。


「完全に酔っぱらってるね、焔…」


 私たちの困惑などどこ吹く風。紅牙組の男たちは無言で集まり、座卓や座椅子を動かして焔と財前を囲むようにセッティングし始めた。まるで、これから全員で二人の飲み比べ対決を見届けるかのように。



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