私たちがSPTの任務で、横浜にある
そんなこんなで、紅牙組での最後の夜を迎えた私たち。今は大勢の紅牙組の人たちとともに大広間にいる。
長い座卓にズラリと並べられているのは、ご馳走の数々。
中央には寿司の盛り合わせや鯛の塩焼き、それにしゃぶしゃぶ鍋が置かれ、おいしそうな湯気がふんわりと立ち込めている。息を吸うと、今後は松茸の香りが…。一メートルほど先にある木製の「おひつ」には、どうやら松茸ご飯が入っているようだ。
そして、私の目の前には揚げたての天ぷら。エビやイカ、ホタテをはじめ、さつまいもやオクラといった色とりどりの天ぷらが、艶やかな金色の光を放っている。
実は、明日帰ると
その理由はズバリ、滞在中に紅牙組で出された料理がどれもこれも格別においしかったから。紅牙組には「飯番」なるものがあり、日によってご飯を作る担当者がいるのだが、全員料理人さながらでかなりレベルが高いのだ。
そんなご馳走の数々を思う存分食べられるなんて…。
幸せ過ぎるう~。
「やあやあ、飲んでるかい?ちゃんと」
そう言いながら私たちの元へやってきたのは、組長の風間だった。右手には日本酒の
風間に気付き、会釈をする焔と花丸。
「今晩は存分に楽しんでくれ」
風間組長とは、二日前にミレニアを巡って重要な話し合いをしたばかり。その時の組長は威厳たっぷりで僅かな所作にも隙がなく、ちょっぴり怖い印象だったのだが、今日は一転、楽しげな笑みを浮かべている。よく見ると、ほんのり顔が赤みを帯びていた。どうやら、少し酔っぱらっているようだ。
「お嬢さんとカラスの少年も、どうぞ。ソフトドリンクは何がいいかな?」
「あ!俺、牛乳がいい!好きなんだ!でも、ないかなあ?牛乳なんて…」
頭を足で搔きながら、少し遠慮がちに答えるヤト。だが、風間はにこりと微笑み、懐へと手を入れる。そして、ぬっと牛乳パックを取り出した。
「え!?う、嘘…!?」
思わず顔を見合わせる私とヤト。風間は牛乳パックを開けてグラスを取る。
「もちろんあるとも。それも、この牛乳は産地直送だ。新鮮でおいしいよ」
「うわーーい!!」
ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶヤト。とてつもなく嬉しそうな様子に、私も笑顔がこぼれる。良かったね~、ヤト。
私は風間から牛乳が入ったグラスを受け取り、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます!ヤトと半分こするので、ひとつで大丈夫です!ヤト、一緒に飲もう。今ストロー入れるね」
「うん!」
いそいそとストローをグラスに入れる私。横目でチラリと風間を見ると、優しい笑みを浮かべて私たちを見ている。組長自ら飲み物を注いでくれるなんて、なんか緊張しちゃうなあ。
「男だらけのむさくるしい宴会ですまないね」
「え!?いえ、全然」
「我々は宴会好きでね、特に今回は久しぶりだから――」
風間がそこまで言いかけた時、大広間がドッと湧く。声がする方を見ると、組員の若い男が皿回しを始めていた。それを見ながら、口笛を吹いたり、手拍子をする男たち。みんな楽しそう。
「楽しんでね、お嬢さん」
そう言うと、風間は酒瓶を手に持ち、別の席へと移動した。どうやら全員に酒を振る舞い、労うつもりらしい。
私はお箸を手に持ち、目の前の天ぷらをわしっと掴んで口に運ぶ。見た目以上にサックサクな食感。
こ、これは…まるで料亭のような味わい…。
私は目を閉じて、おいしい天ぷらをしっかり噛みしめる。幸せだなあ~。
「
「え?」
ヤトがつぶらな瞳を私に向ける。いつも自分でご飯食べるのに、今日に限ってどうしたんだろ?すると、私の隣にいる焔が顔をしかめて手を伸ばし、ヤトの羽を掴む。
「コラ、甘えるな。自分で食べれるだろう。いつものように
「違うもん。怪我がまだ治ってないんだもん」
ヤトがほっぺたを膨らませてふてくされる。確かにヤトは先日、ミレニアの襲撃で怪我を負ったけど、もう大分(というか全快に近い)回復していた。それなのにこんなことを言うということは、きっと甘えたいんだな。ヤトの心情を察した私は箸を片手に尋ねる。
「いいよ。ヤト、どれ食べたい?」
「エビの天ぷらがいーい!」
そう言いながら、ヤトがスリスリと私の腕にすり寄る。可愛いなあ、もう。だが、焔はそんなヤトを見て眉間にシワを寄せた。
「凪。あまりヤトを甘やかすな。すぐ調子に乗るからな」
だが、ヤトはぷいっと焔から目を逸らした。どうやら、焔の言うことを聞くつもりはないらしい。彼は呆れ顔でため息をつく。とはいえ、今日は
「今日だけですから」
「まったく…」
すると、焔の横に座っている
「焔君、このお酒飲んだ?組長さんが注いでくれたヤツ!めちゃくちゃおいしいよ!」
焔は花丸から言われるがまま、おちょこを持ち、ひと口、ゆっくりと飲む。すると、次の瞬間、彼の目が僅かに開いた。どうやら予想以上においしかったらしい。
「おいしいですか?」
焔は微笑みながら頷く。
「だよね、だよね!僕さ、日本酒は苦手なんだけど、これは凄くおいしい!料理とも合うし」
花丸はご機嫌な様子でお酒と目の前のご馳走に舌鼓を打つ。
いいなあ~私もお酒が飲めたらなあ~。そう思いながら天ぷらを頬張る。いや、これだけでも十分ご馳走だ。お酒が飲めない分、私はたんまり食べる気満々だった。次は松茸ご飯を取ろうと、しゃもじに手を伸ばした瞬間、豪快な声が後ろから響く。
「おうおうおう!どうだ?旨いだろ?」
振り返ると財前が私たちのすぐ後ろに立っていた。酔っぱらっているのか、足元が若干ふらついている。
「財前さん!左手の怪我、まだ治ってないんだから、お酒飲み過ぎちゃだめですよ!」
花丸が財前の和服の袂を軽く掴み、忠告する。財前は先日、左手をひどく負傷していたのだ。財前はヒックと言いながら少しよろめき、楽しげな笑みを浮かべる。
「うるせえ!俺にとっちゃあ酒は第二の命だ。水と同じで、飲まねえと干からびちまう。焔よ、お前ちゃんと飲んでんのか?あ?」
財前は焔の肩をがっちりと組む。だが、焔は財前の方を見ず、無表情のまま酒を飲み、食べ物をつまむ。どうやら、財前の相手をするつもりはないらしい。そんな焔の態度が癇に障ったのか、財前は声を張り上げる。
「無視かよ、この堅物が!俺が酔っ払いだと思って舐めてんじゃねえ!俺はな、組長を見習ってお前らに酒を注ごうとこうやって来たわけよ」
そう言って財前は大きな一升瓶を懐からぬっと出した。一升瓶には金色の文字で「紅牙」と書かれている。どうやら、紅牙組特注の日本酒らしい。それを見て花丸が目を輝かせる。
「えっ…僕、ちょっと飲んでみたい…かも」
花丸がそう言うと財前は花丸と焔の間に割って入り、花丸に酒を注ぐ。酒を一口飲んだ花丸は、パッと明るい表情を見せ、味わいを噛みしめるように目を閉じながら頷いている。その表情から察するに、相当おいしいようだ。その様子を横目で見ている焔。すると、財前が焔を見てにやりと笑う。
「…どうした?飲みてえのか?ん?」
挑戦的に尋ねる財前。焔は無表情のまま、おちょこをスッと財前に向かって差し出した。それが嬉しかったのか、財前はニカッと笑って焔のおちょこに日本酒を注ぐ。
「なんか、大人の飲み会って感じだね~」
ヤトがチューチューと牛乳を飲みながら呟く。確かに、社会人になったらこういう飲み会多いのかなあ。そんなことも思いながらご馳走を食べる私たち。この時は考えもしなかった。平和なお別れ会から、まさかあんな展開になるなんて…。