月の石――それは、俺が生まれるよりも前に地球に持ち帰られた歴史的な存在だ。その中に含まれていた“ルナリウム”っていう未知の鉱物が、地球の文明を根本から変えるなんて話、子どものころの俺にはどこかおとぎ話みたいに感じられた。でも、月面探査のニュースやドキュメンタリーを見るたびに、あの石が引き起こした奇跡に胸を躍らせずにはいられなかった。
今、俺がバイトしてるのは「紀ノ國スペースポート」――軌道エレベーターがある場所だ。月から運ばれてくる荷物を仕分ける、地味で単調な仕事だけど、俺にとっては特別だ。降ろされる荷物は、ピカピカのルナリウム製品だけじゃない。ボロボロの廃材や部品――いわゆるジャンク品も山ほどある。それらは月ではゴミ扱いだが、地球ではまだ再利用の余地がある。俺はそれを探すのがたまらなく好きだった。ジャンクの山をひっくり返して「まだ使える」ものを見つけるのは、まるで宝探しみたいな感覚だ。
その日も、いつものように黄色い重機を操作しながらジャンクをかき分けていた。
「またガラクタか…」
そんな独り言をつぶやいた瞬間、目に飛び込んできたのは、妙に異質な物体だった。
分厚いダークグリーンの装甲はあちこち剥がれて、錆びついたオレンジ色がむき出しになっている。その下に見える複雑な機械の部品が、なんだか妙にリアルで生々しい。
たぶん、これ月面で使われてた採掘用のムーンギアってやつだ。高さは十メートルいかないくらい?車を五台ぐらい積んだような大きさだ。ゴツゴツした無骨なデザインに、角ばったフォルムが無駄にカッコいい。右腕にはバカでかいドリルがくっついてて、これで月の砂とか岩をガリガリ削ってたんだろうなって簡単に想像できる。
脚はやたら太くて、一目見ただけで「こいつ絶対安定感あるだろ」って思える作りだ。足元には履帯跡みたいなのがあって、月面でガッチリ地面を踏みしめてたんだろうなって感じがする。全体的にボロボロなのに、なぜかこの機体には「まだ生きてる」気配を感じる。
気になって仕分け作業を放り出し、俺は主任――普段は「先輩」と呼んでいる人に声をかけた。
「あぁ、それか。そいつはジャンク中のジャンクだよ。修理しようにも費用がバカ高くなるだけだ。正直、処分するしかないかなって思ってるんだがな。」
「じゃあ!俺がこれ、好きにいじっていいですか!」
思わず声を張り上げた俺に、先輩は肩をすくめて笑った。
「ただ同然で送られてきたガラクタだ。別に俺は構わんさ。好きにしろよ。ただし、怪我するなよ?」
その一言で、俺は決めた。こいつを、必ず動かしてみせる。そして、勝手に名前もつけた。「ロードラスト」。錆びた装甲の風格が、まるで王様みたいに見えたからだ。