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第227話 集合時間

 加賀見・葵とそれぞれメッセージで連絡を受けてから2日後。

 俺は水族館の最寄り駅で待ち合わせをしていた。


「おはよ」

 と平素な挨拶で改札口の付近にて突っ立っている俺に近寄る加賀見。思わず「ひっ」と声を上げそう。

「あ、おはようございます」

「何その敬語」

「いや、加賀見さんの御機嫌を害すのは恐れ多くて」

 ちなみに加賀見に対する恐れが多いのは事実です。換金できたら一生遊んで暮らせるレベル。


「かえって嫌な気分になる」

「あ、加賀見様とお呼びすればよろしかったでしょうか」

「そういう問題じゃない。やめて」

 加賀見が相変わらずの大人しめのトーンで俺の言葉遣いを止めようとする。あれ、お気に召しませんでしたか。


「わかったよ。それにしても敬われてるのに何がダメなんだか」

「黒山からは敬意の欠片かけらも感じられない」

「そーですか」

 だって実際お前に対する敬意なんて少しもないし。心の中で舌をカラッカラになるほど出しまくってるし。


「で、集合時間はもうすぐ?」

「ああ、そのはずだが」

 加賀見とそんな会話を交わしているときに見覚えのある姿が正面からやって来た。

 相手は加賀見と俺の方を見るや否や「え」と口を動かしたように見えた。


 やがて相手が加賀見と俺に会話できるほどの距離まで近付き、こう切り出した。

「おはようございます、先輩方・・・

「おう」

「おはよ」

 相手こと葵は俺達に怪訝な表情を向けていた。



 そう、俺は加賀見と葵の予定を一挙にこなそうと考えたのだ。

 俺にすれば貴重な休みの期間を少しでも一人の時間に当てたい。

 ならば加賀見との外出と葵の言う友人役としての練習を同時にした方が時間を多く確保できる。


 あと、俺達三人で行動・会話すれば加賀見にしても葵にしても俺が直接相手をする割合は二人のときに比べて当然減る。

 つまり、俺のコイツらとの相手をすることによる体力の消耗を抑えられるのだ。

 そういう意味でも加賀見と葵を一緒に巻き込んで行動するのは合理的だった。


 なお、加賀見には事前に了承を取り付けてある。

 葵からも同時に遊びに誘われたので一緒にいいかと持ち掛けたら

「うん、いい」

 と快諾してくれた。後輩に対しては何かと甘いようである。

 一方、葵には事後承諾でも差し支えないかと思いメッセージを送らなかった。

 決して途中で面倒になったからとかそんな理由ではないよ。



 でも葵はそれが気に食わなかったみたい。

「せめて私にも前もって連絡してほしかったです」

 事の次第を葵に説明したところ、そのようなクレームを頂戴した。


 この反応を見るに加賀見と一緒にいるのが嫌だったのかな。

 加賀見については俺が葵にいかに危険かを説いていたから未だに加賀見を畏怖の対象としているのかもしれない。

 最近だと見舞いのときでも加賀見の言うことには素直に従っていたし、その線が濃いな。

 とはいえ「加賀見先輩と一緒に遊びたくないんです」などとストレートの剛速球を放つことはさすがにしないか。俺としては面白いからそれを言い放つ展開に期待しちゃう。俺自身で言えばいい? 俺を殺したいんですか?

 かつてちょっかい掛けてた男子のクラスメイトことサクライ君(仮)に対して遠慮なく罵倒していた葵にしてはなかなか珍しい仕草でもある。つまり葵にとって加賀見はサクライ君(仮)よりもずっと恐ろしい存在と見ているわけですか。納得しかない。


 しかし加賀見は葵の心境を敏く感じ取ったようだった。

「……ひょっとしてお邪魔だった?」

 そんな殊勝なことを言った。

 加賀見はいつも通りの無表情を見せていた。

 見せていたが、どこかいつも以上に覇気がないというか、妙なばつの悪さが加賀見の内面から漏れ出ているように感じた。こういうときコイツとの付き合いの長さを実感してしまって妙に嫌な気分になる。


「あ、いえ、そんなわけでは決してないんです」

 葵もすかさず取り繕う。

「加賀見先輩とも遊びたいなー、とは思ってたんですが自分から遊びに誘う勇気がなかなか出なくって。加賀見先輩も御一緒とわかっていればちゃんと準備をしていきたかったんです」

 加賀見を安心させるように愛想笑いを浮かべる葵の言葉に、どれ程本音が混ざっているんだろう。

 何となく気になったが今この場でそんな追及をするなんてアホなマネはもちろんしない。


「そう。こっちも何か急に参加しちゃってゴメン。私からもちゃんと葵に連絡すべきだった」

 そして加賀見もあんまり交流のない後輩相手に事を荒らげるのは控えたいらしい。俺以外なら配慮しがちになるのは相変わらずのようで。

「そうだぞ。次からはしっかり連絡欠かさないようにしないと」

「せめてものお詫びに黒山にはしっかり地獄を見せておくから」

「すみませんでした、葵さん、加賀見さん」

「……いいですよお二人とも」

 俺も加賀見へ注意を促したあと、葵への不備を詫び(ついでに加賀見にも詫び)、これ以上は葵も追及しなかった。お優しい後輩のお陰で俺の地獄ツアーは免れた。免れたんだよね? ね?


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