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第223話 どこ行こっか

「で、これからどこ行こっか?」

 ウチに訪ねてきたばかりで早くも外に出たがる安達さん。元気っスね。

「いや、特にどこへ出掛ける予定もなかったんだが」

 一日中家でラノベなりマンガなり読みながらまったり過ごすつもりだったのを、いきなりどっかのクラスメイトに遊びに来られて部屋にまで上がり込まれてどこ行くか聞かれたところでそう答えるしかないと思う。常識的に。


「もー、せっかくの夏休みなんだから外へ遊びに行こーよ」

 腿や膝をぺったりと手前の床に付けた形に座りながら俺へと訴える安達。

「夏休みはその名の通り夏の間ずっと休憩するもんだろ」

 いくら自由時間があるからと言って友達と一緒に色んなレジャー施設とか踏破しようとか考える明るいタイプじゃないぞ、俺は。


 何なら安達だってそんなタイプに見えないぞ。

 こっちも一年ちょっとの付き合いである。最初の頃の印象からあまり明るい雰囲気には思えなかったが、以降もそのイメージが特に変わることのないまま加賀見と静かな交友を続けている。

 加賀見と二人でならどこか遊びに外出してエンジョイしてるのかもしれないが、少なくとも俺が見た限りそんな積極的なイメージはない。


「それに今うだるぐらい暑いだろ」

「うん、私もここまでの道中キツかったんだよ」

 夏休みに入る前からウンザリするほど暑かった今の気候は、ここへ来て勢いを増して暑くなっている。

 ちょっと外に出るだけで水分摂取に注意しなければたちまち熱中症になりかねない。

 今真ん前に座っている安達もこの部屋に入ってきたばかりのときは汗を至る所に掻き、持ってきたタオルで拭くも次から次へと汗が出てくる様子だった。さすがに今はこの部屋の冷房が効いて収まってきているようだ。


「そんななか外でどう遊ぶつもりなんだ。マラソンとかか」

「この猛暑でそれとか遊びじゃなくて自殺行為でしょ」

「なら100メートル走か」

「距離縮めても走らないってば」

「ああ、わかった。ドテラやコタツを用意しての我慢大会だな」

「別に暑い野外を使って何かしたいわけじゃないってば!」

「おい、声落とせ」

 今は一階に人(俺の母親)もいるんだぞ。


「ああゴメン……」

 と言いつつもその表情にはどこか不承不承、という態度が見える。

 俺との会話で気分を害するぐらいなら帰ればいいのに、どういうわけか安達は一向にこの部屋から出ていってくれない。どうしてだろう?

「外って言っても野外の意味じゃなくて、アルコへ行こうってこと」

「ああ」

 アルコとはショッピングセンターの名前だ。

 俺達が休日を過ごしたり、メンバー内の誕生日プレゼントを買うのに何度か通ったことがある。


「そこなら快適に過ごせるでしょ」

「この時期人が多そうだけどな」

 何せ夏休みに入ったばっかだもの。去年の記憶も頼りにすると普段の休日より学生多くて賑わってると思うぞ。

「それはしょうがないよ。それとも今日はここで遊ぶ?」

 え。


「ここには読み尽くしたマンガやラノベしか娯楽がないぞ」

「えー、遊べる道具ぐらいあるでしょ。トランプとか」

 安達さん、何かニコニコし始めたけどどうしたんですか。

「先日質に入れてきたばかりなんだ」

「黒山君、お金に困ってるの……? ていうかトランプって担保にできるものなの?」

「今日も実はこの部屋のベッドを質屋に持ってかないといけなくてな」

「どうやって持ち運ぶ気なの」

「それはまあ、気合いと根性で」

「絶対何とかならないヤツだよそれ」


 はあ、と安達が大きく息を吐いて一言。

「とにかく、外に出るか部屋で過ごすかどうする?」

 おい、さっきの俺の言い分は無視かよ。遊ぶもん置いてないって言ったのに気にしないのかよ。


 安達に指摘したいことは多いが、とりあえず外出するかしないかを選ばなくては話が進まなそうだ。

 ベストはもちろん安達のいない中で自室を過ごすこと。これは安達がいないという前提条件を達成するのが困難なので除外。遺憾いかんながら。

 次点は安達のいない中で外出すること。これも安達がいな(以下略)。


 となると安達を連れて自室を過ごすか外出するかだが、ここで過ごすのもあんまりいい予感がしない。

 以前葵を家に連れてきたときもベッドにダイブするわ引き出しを探ろうとするわで俺のプレイベートな空間を無遠慮に漁っていった記憶がある。今にして思えば何しに来たんだアイツは。

 安達が葵と同じことをするとも思えないが、かと言ってここで過ごされるのもあんまり落ち着かなかった。


「……外に出るか」

「うん!」

 やたらと元気よく返す安達を見て、早くも俺は疲れた気がしてきた。

「……その前にシャワー借りれないかな?」

「母親に聞いてくれ」

 安達さん、汗を気にしてたんですね。

 こんなどうしようもなく暑い中を歩けばこうなるの予想できたでしょうに何でわざわざウチにやって来たのさ。


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