ある土曜日にメッセージを通して着信が入った。
「もしもし」
『あ、黒山君、今大丈夫?』
春野からだった。連絡先を交換してそれなりに経つが、直接の通話はこれが初めてだ。
「大丈夫だがどうした。ラノベの件か」
『うん、そう。第1巻読んだんだけどとても面白くって』
「ほう」
それから俺と春野で少しその作品について話し合った。
『で、黒山君にお願いがありまして』
「続きを貸してほしい、てことだな」
『その通りです。どうかな……?』
貸すことはやぶさかではない。もうとっくに読み終わったし。
となるといつ持っていこうか。
あれ、待てよ……?
とあることを思いついた俺は、春野にこう切り出した。
「わかった。明日持ってくるから丸船駅で待ち合わせるのはどうだ。ちょっと相談したいこともあるし」
『え、うん、いいけど相談って?』
「俺の方からも実はお願いがあってな。詳しくは明日話す」
『うーん、わかった』
その後簡単に待ち合わせ時間を決めて通話を終えた。
とりあえず今の内に春野へ渡すラノベを本棚からごっそり取り出し、バッグに詰めていった。
あ、そうだ。この前買った変装道具を準備しておくか。
翌日の日曜日、俺は丸船駅で春野を待っていた。
やがて春野がやってきて俺を探している様子だったので声を掛けた。
「おーい、こっちこっち」
「あ、黒山、君……?」
俺を見て訝しむ春野。ああ、変装してるから気付かないのか。
とりあえずグラサンを外した。
「おう、黒山だ」
「えっと、今日は何か派手なカッコだね……?」
そりゃ九陽高校の奴らに俺とバレたくないからな。
本日はグラサンにアロハシャツにキャップと、普段装着しない服飾で決めてきたぜ。道行く人が時々怪訝な目を向けるけど、正体が俺とわからなければそれで良し。
「ちょっと事情があるんだ。それよりちょっと座れる場所に移るか」
「あ、うん、わかった」
俺と春野は駅近くの公園に向かった。
「ほい、コレ」
まず春野ご所望のラノベ既刊一式を渡す。
「わあ、ありがとう!」
「全20冊ぐらいあるから気を付けてな」
「うん! じゃあ、遠慮なく借りてくね」
春野はラノベを早速鞄にしまっていく。
「お、重いね」
「よかったら帰りに駅まで持つが?」
「ううん、大丈夫。それで、黒山君の言ってた頼みって何なの?」
「ああ、それは……」
春野に翌日、学校でしてほしいことの詳細を話す。
さらに翌日の月曜日、業間休みとなり春野と日高が二組の教室を訪ねた。
「おはよう」
「おはよう」
互いに軽く挨拶を交わし、女子四人が会話を始める。
俺は
「アンタ、こういうの好き?」
加賀見がいつものように突拍子もないタイミングで俺に問いかける。勿論何の話かは知らない。
「ああ、話聞いてなかった」
悪びれもなくそう答える俺に加賀見が「制裁」のモーションに入るが、ここでいつもと違う展開が起こった。
「加賀見さん、待って」
春野がまず加賀見を止めに入る。ほぼ同時に俺へも
「ねえ、人の話ちゃんと聞いた方がいいよ」
と春野が注意を促してきた。俺はすかさず
「ああ、悪い」
と女子達に謝った。
「ね、加賀見さん。黒山君もちゃんと口で注意すればわかってもらえるから、わざわざ
春野が見た者の人の心を癒すであろう笑顔を振りまきながら加賀見に諭す。
加賀見は事態の推移に驚いたのか、いつもより目を少し開き、
「……う、うん」
大人しく頷いた。
そう、俺が日曜に春野へ頼んだのはこの一芝居だった。
加賀見は一応
実際にぶん殴られたり蹴られたりしたわけでもないが、その行為には未だに慣れることがなくストレスが凄まじいことになっていた。
加賀見との交流を断ち切るという第一の目的を果たすのは今無理でも、この制裁だけは何とか歯止めを掛けようと春野に協力を仰いだのだ。
春野が加賀見と俺の共通の友人として、俺に注意すべきことを注意し、俺がその注意を受け入れ、それをもって制裁は不要だと証明されれば加賀見が今後制裁をやる意義は失われる。
加賀見も春野や日高に対しては一定の配慮を見せていたから、無理に決行することも難しいだろう。
そう見込んでのことだったが、どうやら図に当たったらしい。
加賀見はその後何でもないかのように女子達の会話に参加していたが、いつも以上に感情の見えない無表情で、時折俺を睨んでいた。
今まで散々俺に嫌がらせをしてきた奴に一矢を報いた気がした。
ちなみに以下は余談。ちょっと時間を戻して日曜、春野へ頼み事の全容を説明した後の話。
「……そう、加賀見さんが時々やるアレを止めてほしいってこと」
「ああ、頼まれてくれるか」
「うん、お安い御用だよ」
春野は笑顔で応えてくれた。うお、眩しっ。
「でも一つ訊いていい?」
「どうした」
「嫌だったなら何で加賀見さんのアレを今まで止めなかったの? 黒山君、あんなに強いし勇気あるのに」
春野が興味本位な調子で尋ねてきた。
強いし勇気ある、ねえ。ひょっとしてあの
自分自身はそんな主人公っぽい奴とは決して思わないのだが。
「あんな華奢な奴、力ずくで止めようとしたらもっとヤバい事態になるだろ」
そもそも教室を舞台に実力行使なんて真似をすること自体が悪目立ちの元だ。
「そっか、加賀見さんの身を案じてのことだったんだね」
何か変な解釈された気もするが、ややこしくなりそうなので反論は控える。
「ゴメン、私誤解してた」
急に春野が頭を下げる。
「誤解って何だ」
「実は加賀見さんのアレについて、何で黒山君があのままにしてるんだろうって皐月と話し合ったことがあってさ。そこで出た推測なんだけど……」
春野がここで言い淀む。やがて意を決したかの如く話を再開した。
「えっと……黒山君は、加賀見さんみたいな女の子に……そういうことされるのが趣味なのかなって……」
!?