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第032話 カラオケ

「次はどこ行く?」

「皆で騒げる場所がいいよね」

「皆に任せる」

 女子達がワイワイ話しながら行き先を議論している。

 俺はというと、理由は不明ながら俺の隣にぴったりついてくる春野とともにそんな議論を静観していた。

「カラオケなんてどう? 丁度この近くにあるし」

「カラオケかー、行くの初めてだなー」

「同じく」

「へえ、興味はある感じ?」

「うん、折角だから行ってみたい!」

「私はどっちでも」

「じゃあそうしよう! 黒山や凛華は大丈夫?」

 どうやらカラオケに決まったようだ。日高が春野と俺のいる後方に振り向いて確認をとる。

「うん、私はOK」

「俺も異議なし」

「決まり! じゃ、早速行こ」

 テンション高めの日高が皆を先導してカラオケボックスのあるという場所に歩いていく。歌うの好きなんだろなぁ。


 カラオケボックスに初めて来た。へーこの機械で歌を選ぶんだ。

「黒山君はカラオケってよく行くの?」

 春野が俺に訊いてくる。今日の春野、やたらと俺に質問してくるんだな。

「毎日8回は通ってる」

「え、そんなに!」

「そこらのカラオケボックスの店員全ての顔も憶えちゃったよ」

「完全に常連じゃん」

「ゴメン、本当は今日初めて来た」

「えー……」

 春野がすっかり呆れる。8回とか言ってる時点で疑問に思おうよ。

 しかし春野が素直に受け取る様が面白くてついつい冗談を言いたくなるな。


 加賀見にバレると色々メンドくさそう、とか思ってたら

「アンタ何春野さんを騙してんの」

 加賀見が今の一部始終を見ていたようで早速睨みを利かしてきた。保護者かお前は。そういう立ち位置は日高に譲ってやれ。

 その日高はあーまたかと言わんばかりに春野へ笑いかけていた。長年連れ添った幼馴染が大事おおごとにしてないんだから別に加賀見が文句言う筋合いないだろ。まあ俺を攻撃する口実が欲しいだけなのは知ってるけど。

「騙すって、ほんの他愛もない冗談だろうに」

「嘘吐きは泥棒の始まりって習わなかった?」

 加賀見が軽食用に置かれたフォークを手に取る。おい待て、何を仕掛ける気だ。

 それと嘘吐くよりもよっぽどひどい事(俺限定ではあるが)をしてるお前が言えた義理なのか。

「あ、加賀見さん、私は大丈夫だから、ね?」

 春野がしどろもどろになりながらも加賀見を取りなす。

「……春野さんがそう言うなら」

 加賀見は毒気を抜かれたように椅子に座り直し、フォークをテーブルに戻す。いやマジで、その食べ物を刺すための道具で一体何をする気だったんだよ。

 それと春野さん、あの悪女を宥めに行ったその勇気に敬意を表します。僕、あの悪女のオーラに気圧けおされてまともに抵抗できなかったです。

「あ、ありがとな、春野」

「いや、私は大したことは」

 春野が俺に笑いかける。他の女子達は何を歌うのかを選ぶのに盛り上がっていた。加賀見も先ほどのことなど何もなかったかのように安達と日高の会話に入り交じっている。お前の情緒どうなってんだよ。

「ところで、お前はカラオケどうなんだ」

「うーん、私は月に一回ぐらい他の友達と」

「俺からすれば結構行ってる方に見えるな」

「たまに歌うのが気持ちいいんだよね。黒山君は歌うの好き?」

「聴くのは好きだが自分で歌うのはちょっと」

「へー、一回聴いてみたいな」

「……一回だけな」

 モブの歌を聴きたいとは物好きだと思ったが、それで気が済むならと俺の好きな歌を歌うことにした。


 まずは安達・加賀見・日高が歌う。三人とも可もなく不可もなく、という歌唱力に感じた。加賀見だけ歌下手だったらよかったのに。

 その後春野が歌う。

「うわー、歌上手」

「凛華は昔から得意だからね」

「綺麗」

 そう、確かに上手だった。音程はバッチリ捉え、声もしっかり通り、普段歌謡曲をあまり聴かない俺でさえうまいと思うレベルだった。

 この見た目で歌も上手なら、本気で歌手とか目指せるんじゃないの、と頭を過るが芸能界のこととか全くのド素人だからわかんねーや。

 春野が歌い終わった後、女子達からは拍手喝采だった。

「春野さん、歌うの得意なんだね!」

「もっと聴きたい」

 安達と加賀見が春野を賞賛する。プロのアイドルを応援するファンのような構図だ。

「えー、そんなことないよ」

 春野がイヤイヤと手を振る。

 コイツ、人の言うことはすぐ信じるのに、自分のことについては過少評価してるのかお世辞と見てる節があるな。

 校内で流れてる自分が途轍もない美少女だという噂についてはどう認識してるんだろうか。


「次、黒山君だよ」

 と春野は自分がさっきまで使っていたマイクを持ち換え、手に持つ部分を俺に差し出す。

 これから歌う俺にエールに送るみたいに優しい微笑みを向けていた。

「おう」

 俺がマイクを掴んでそっと自分の口元に持ってくると、丁度曲が流れ始めた。

 俺が歌うのは好きなアニメのエンディングだった。

 アニメのキャラが歌う前提のポップな曲ではなく、プロの歌手が提供したシリアスな曲であり、時折聴きたくなる歌だった。

「ねえ、これ知ってる?」

「全く」

「何かうまい……」

 女子達は俺が歌うのを特に邪魔することなく聞き入っていた。てっきり加賀見辺りが冷やかすと思っただけに拍子抜けした。

 俺が歌い終わると、春野が真っ先に俺の歌への感想を述べた。

「黒山君、歌うのすごく上手なんだね」

「そうなのか? 自分じゃよくわからん」

 歌が上手、ねぇ。春野に言われても嫌味に聞こえるが、本人にうまい自覚はないみたいだしなぁ。

「悔しいけど、意外」

 加賀見が珍しいことを言ってくる。何企んでんだ。

「私も知らなかった。でも、そう言えば声真似とかできるんだよね」

 安達がそう指摘する。声真似ってあの計画の一環でやったアレか。

「声真似なんて挑戦したのはアレ一回切りだぞ」

「え、そうなの」

 そもそも思い出させないでくれ。

「声真似って榊君って人の声を演じたときの奴?」

「そうそう、あんなのできるなんて知らなかったから最初は度肝抜かれたよ」

「他にどんな特技を隠し持ってるのやら」

 女子達が好き勝手語る。あのときの話を春野と日高の前でされるのは相当肩身が狭いからやめてくんない。

「黒山君、声を使う仕事を目指してるの?」

 春野が興味津々といった様子で尋ねてきた。

「いや、寧ろ裏方に徹する仕事に就きたい」

「えーと、それも冗談?」

「嘘偽りない純然たる本音です」

 何でこんなときだけ疑うのかな。


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