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第020話 ジャージ

 体力テストは中止になった。

 何でも生徒が不審者に襲われる事件がこの公園内で発生したようだ。事件の内容は詳しく知らされず、被害者の生徒についても名前含めて一切明かされなかった。へーそんなことがあったのか。怖い世の中だね。

 かくして、残りの測定は後日学校で行うとだけ聞き、生徒は各自解散となった。

 なお、できる限り集団で帰るようにとのお達しがあったが、俺に普段から一緒に帰るような仲良い奴はいない。

 したがって一人で最寄り駅まで歩いていこうとしたところで、

「一人ぼっちでどこ行くの、アンタ」

「何人かで一緒になって帰るように言われたでしょ」

 いつもの女子二人に捕まりました。誰のことかはもう言わなくてもいいよね?

「いや、質屋にでも寄ってこうかと」

「何しに行くのよ。それにジャージ姿の学生が寄ったって冷やかしにしか見えないから」

 話しながら奴らと離れようとするも加賀見が俺のジャージの襟首ら辺をむんずと掴む。

 安達といい俺の扱いが段々雑になってない? 引っ張ったせいでジャージがダメになったら弁償させるからな。

「んじゃ、私達も帰ろうか」

「おー」

 というわけで三人で帰る流れになりました。

 お願いだから、俺も一緒に行動する前提なら事前に俺の了承取ってくれない? 絶対断るからさ。


「あのー、加賀見さん?」

「何」

「いい加減俺のジャージを放してくれない?」

「何で?」

「何でって、ほら、今も道行く人達が怪訝な目でちらほら見てるし」

「私は気にしないけど」

「少しは気にしてください」

 さっきの安達と同様、加賀見が俺のジャージを掴んだまま駅まで歩いております。何? 二人の間で流行ってるムーブなの? なら自分のジャージでやって。

 俺の首根っこの方を背の低い女子が掴むもんだから、姿勢がとにかく変になる。腰がヤバい。

 力尽くで振り払えれば手っ取り早いが、それだと加賀見がその拍子で怪我したときに俺が加害者と見られるだろう。正当防衛にならないのかな。


「それにしても、事件って一体何があったんだろうね」

 安達が俺らの話を無視して別の話題を持ち出す。事件っていうけど今俺が加賀見にされてることに事件性はないのかしら。

「さあな」

 とりあえずそう答えておいた。

 学校側が発表した事件のことについては心当たり・・・・があるが、今ここで安達にそんなことを話したってしょうがない。

「……」

 加賀見が何も言わず俺を睨んでくるが、そうされる心当たりなんぞ全くないね。


 そうそう、どうでもいいことだけど林に投げた砲丸は後でこっそり全部回収して元の場所に戻しておいたよ。

 その作業の間、誰にもバレなかったよ。存在感がセロハンテープのように薄くてよかった。やっぱ俺モブに向いてんな。



 私が自分の身に起きたことを先生方に話した後、すぐさま放送で全生徒が集められて事件が起こったことが周知された。

 ありがたいことに被害者が私であることを含め、事件の詳細は伏せられた。

 そして直後に体力テストは中止になった。事件の内容からして当然の措置だろう。


 体力テストから数日後、私を襲った犯人が警察に逮捕されたと聞いた。

 動機は私に対して猥褻な行為を働くためだったという。

 もしあのとき、犯人のなすがままになっていたら私は……。

 動機についてある程度予想はしていたものの、改めて聞いたときは何も腹に入っていないはずなのに何かえぐ味の強いものを嘔吐しそうな気分を催した。

 あの日以来鬱蒼とした森林には、恐怖で身が震えてまともに近寄れないでいる。

 そんな状態でも犯人逮捕の知らせを聞いたときは心のつっかえが一つ取れた気がした。

 犯人は間抜けなことに顔をマスクだけで隠し、目つきの方は丸わかりだった。

 思い出したくはなかったが、警察には何とか自分の口で説明したため犯人の特徴がある程度絞り込むことができたという。


 皐月は私のことを毎日慰めてくれた。

 事件については現在家族や幼馴染の皐月にしか話していない。

 皐月は暗い気持ちに沈んでいた私に優しい言葉をかけてくれ、毎日私の家へ訪ねて嫌なことを少しでも思い出させないかのように遊びに付き合ってくれた。

 また、皐月は登下校のときでも学校にいるときでも今まで以上に私を一人にしないよう配慮してくれた。その気持ちが今の私にとってはすごくありがたかった。

 彼女がいなければ私は今頃どうなっていたのだろうか。


 今の私にはやりたいことがあった。

 あの日、私が辛うじて犯人から逃げおおせたのはどこからか鉄球(後から思えば体力テストに使われていた砲丸のようにも思える)が飛んできたお陰だった。

 あの鉄球はどう考えても人為的に犯人めがけて放たれたものだった。

 そしてその結果私が助かったのだから、私を助けるためにやったことと言っていいと思う。それ以外に理由も思い浮かばない。

 私を助けてくれた人は生徒なのか先生なのか、それとも学校の関係者ではない部外の人なのか。

 男性なのか女性なのか。

 何一つわからないけれど、必ず探し出してお礼を言いたい。

 そのためにどうすべきか、まずは皐月に相談することにした。


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