六月に入りそろそろ気温の高さが気になってきた日のお昼頃、今日も俺は学校の教室にて弁当を食っていた。
安達や加賀見とともに。
別に望んでないのに。
安達の家で加賀見がとんでもない宣言を発したものの、学校生活はこれまでと大して変化しなかった。
加賀見自身も言っていたように暴行・窃盗・名誉棄損など警察に被害を届けられたら不利になるような真似はしないようで、必然的に俺への攻撃手段は限られてくるようだ。
例えば俺の発言について重箱の隅をつつくようにネチネチ指摘したり、以前やったビンタ一歩手前のような猫騙し的な技を仕掛けたり、ギリギリ生徒同士のイタズラやケンカの範疇に留まるような線で攻めてきている。
前者については毎日やってくるが、後者については俺が慣れないようにするためか三日に一回あるかないかという、おおよそ忘れた頃のタイミングでやってくる。天災かよ。いや災いではあったな。俺にとっては。
そんな
「そういえば今週末って体力テストあるんだっけ」
安達がそう話題を切り出した。
体力テストかー。中学のときは短距離走やハンドボール投げ等、変に目立つことのないように毎回平均辺りを狙ってたっけな。懐かしい。
「アンタは運動得意?」
加賀見が俺に話を振る。俺を責める機会を得るために。
「得意ではないが苦手でもない」
「ミユのウチ行くときあんなに歩くの渋ってたのに苦手じゃないって?」
ほら来た。
「お前もだろ」
「私は運動苦手だから」
うん。その華奢な見た目から十分想像がつく。
脚や腕なんか恐ろしく細いが、走ったり食器より重い物とか持てたりできるのか、その体で。
「アンタ今すっごい失礼なこと考えてない?」
加賀見が俺の方をじろりと睨む。
普段から半目なものだから初見の人だとわかりづらいだろうが、睨んでいるときは普段よりさらに目が細くなっていることに最近気付いた。気付きたくもなかったけど。
「いえ別に」
俺は加賀見の睨みから目を反らした。
何だか加賀見の背後にえらく濁った毒々しい濃紫のオーラが見えるんだもの。
俺の目がおかしくなったのかな? 今度眼科に行った方がいいのかな?
「ったく。ところでミユはどう?」
加賀見が俺から安達の方に興味を向ける。
今やすっかり加賀見と親しくなった友人である安達への加賀見の声音は、俺のときとは反対に優しいものであった。
「うーん、私もちょっと苦手かな」
どうやらこの中には運動得意な奴がいないらしい。RPGならとっくに全滅してるぐらいアンバランスな構成だな。俺はソロプレイ希望だけど。それ以前に町にいる決められた台詞しか喋らない名もなきキャラ希望だけど。正にモブの立ち位置だし。
「それにしてもウチの高校の体力テストやる場所が3つに分かれてるなんてね」
「私のいた中学とは比べものにならないぐらいスケールでかい」
「同じく」
そう、ウチの高校こと九陽高校の体力テストでは学年毎に開催場所が異なる。
三年生は学校の校庭、二年生は市内の運動公園、一年生は二年とはまた別の運動公園で行われる。
俺達一年生は体力テスト当日、開催場所の公園に現地集合する段取りだ。
ここで当日の体力テストについて少し想像してみる。
勘だけどこのクラスにいる王子が華々しく活躍するんじゃなかろうか。
体力テストで全テスト項目の測定が終わった人達はこぞって見物に回るだろう。
元々サッカー部でも有望株という話を教室で小耳に挟むし、体育の授業でも運動能力の高さを存分に発揮していた。
そんな王子なら体力テストの場でさぞかし派手な結果を見せて黄色い声を貰ってもおかしくはない。
そうそう、王子について最近の噂によればファンクラブが結成されたそうな。
彼女がいる様子も、また作る様子も特に見受けられない王子に対していよいよ
噂だから本当かどうか知らんけどね。
あと、これも教室での噂を小耳に挟んだのだが一年の、俺のいる二組とは別のクラスに相当レベルの高い美少女がいるらしい。
俺はそんな女子にお目に掛かったことがない。ということは俺がまだ会ったことないだけか噂が嘘かのどっちかだな。
この学校、一学年に7~8組はあるからなぁ。
数棟ある校舎の内、自分のクラスの教室がなく、かつ移動教室でも用がない校舎に赴くことは基本ない。
俺が赴くことのない校舎の中に例の美少女がいるクラスがあれば、俺が彼女とかち合うこともない。
ちなみにその子も王子同様に彼氏がいないという話なので、ファンクラブがあるかもな。
ファンクラブに入れば俺もモブらしくなるのかとも思ったが、規約とか色々うるさそう。やっぱ入るのやーめた。
もっとも、王子がいてかつ相当な美少女がいて、さらに二人とも恋人がいないともなればその二人が結ばれる展開なんて大いに考えられる。
もし王子が彼女を作らない理由が例の美少女に片思いしているからだとすれば、その王子と美少女が徐々に関係を深めていって最終的に交際するなんてあまりにも王道な展開じゃないか。
俺も含めた周りの生徒達はそんな二人を主役とした恋愛物の話の中で応援したり邪魔したり、あるいは俺のように背景を埋める道具になったりするだけの存在に過ぎないんじゃないか。
つまり、俺はやはりモブということでいいんじゃないか。
「何か物思いに
「どうせ変なことでも考えてるんでしょ」
安達と加賀見が俺の方を見て何やら話をしているが、想像の世界に浸っていた俺は内容をよく聞いていなかった。