目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第009話 説得

 二人の女子と自然な形で疎遠になろうと決意した翌日の昼休みのこと。

「ねえ、一緒に食べよ」

 と安達が弁当を持ってくる。

「ん、今日は加賀見と一緒じゃないのか」

 考えてみれば今日は休み時間も安達と加賀見の突撃もなく、久しぶりにのんびりと読書を楽しめた。

「マユちゃんは今日風邪でお休みなんだって」

「へえ、そうか」

 安達と加賀見は俺の知らないところでどんどん親しくなっていたようで、今では互いに下の名前にちなんで安達のことを「ミユ」、加賀見のことを「マユちゃん」と呼び合うまでの仲になったそうだ。いいことですね。ついでに俺の知らないところでいつまでも仲良くやってくれればもっといいことなんですけどね。

 それはそれとして、加賀見今日は病欠なのか。

 あの攻撃的を通り越して好戦的な女が病で体調を崩す姿など想像できなくて意外だ。

 ひょっとしたら体の弱さはあの華奢きゃしゃな見た目の通りなのかもしれない。天さん、奴の中身を別の人と入れ違えてませんかね。

 とりあえず事情を理解し、安達と向かい合って机をくっつける。


 さて、これは安達を説得して疎遠になるチャンスじゃないだろうか。

 これまでの安達と加賀見の行動を鑑みると、安達は基本加賀見に俺のいる所へ引っ張られていたように見える。

 さっきの休み時間も安達一人だけでは俺の方へ来なかったので、加賀見がいなければ俺へのコンタクトはあんまり積極的に取らないようだ。

 となると厄介なのはなぜか暇さえあれば俺へ関わってくる加賀見の方であり、まずは安達から説得した方がスムーズに事が進むと思った。

 そうと決まれば善は急げと、早速行動に移す。

「なあ、一つ思ったんだが」

「え、何」

「俺がお前ら二人といるより、女子二人だけの方が色々楽しいんじゃないか」

 奴らの会話を聞いてて常日頃思っていたのだが、基本的に趣味・趣向が女子二人と俺でどうにも合わないのである。

 二人ともマンガ・アニメ・ゲームといったものは人並に嗜むようだが、中身は女子向けのものが多く、俺が見てきたものとは一線を画していた。

 偶にファッションや化粧の話をすることもあり、そうなると俺の入る余地などどこにもなかった。

 ファッション? 親から買ってもらった服をずっと着てますが何か問題でも?

 化粧? 男向けの化粧水をモブ男子が付けたところで一体何の意味があるというのか。

 話題に限らず女子だけの方が一緒に行動できる範疇も広がると思う。具体例を上げる気にはならないが。

 そういう意味のことを適度にかいつまんで説明していたら、安達が口をつぐんで伏し目がちになってしまった。

 どうしたのかと黙っていると、安達がおもむろに口を開いた。

「……何でそんなこと言うの?」

 安達が涙目になって急にしおらしい表情を取る。

「へ? いや、女子だけでいた方が純粋に楽しいだろうと提案しただけだが」

「私やマユちゃんのこと嫌いになったからもう顔合わせたくないってこと?」

 え、何このメンドくさい言い草。この子こんなメンドくさい子だったの?

 だがまずい。今のこの状況をはたから見れば女の子を泣かせる野郎の図だ。

 周りのクラスメイト達からの俺の評価が、モブキャラから女子を泣かしたクズへと変容してしまう。本末転倒な事態だ。

 手の甲で目を拭う安達に対して、俺は急いでとりなした。

「いや、別にお前のことが嫌いになったわけではないんだ。変なこと言ってごめん」

「よかった、じゃあこれからもよろしくね」

 と、さっきまで目をウルウルさせていたのが嘘のように笑顔に戻った。立ち直り異常に早くない? あとしれっと俺が離れないよう言質取ろうとしてない?

 安達の笑顔がいつぞやに見た加賀見の営業スマイルを彷彿とさせた。



 本当にマユちゃんの言った通りになった。

 思い出すのは先週、マユちゃんと二人だけで話していたときのこと。

「多分アイツ、私達との縁を切ろうとアレコレ手を打ってくると思う」

 とマユちゃんは黒山君の行動を予想していた。

 その根拠に私も心当たりがないではない。

 私と話しているときの黒山君の態度は少し鬱陶しそうだった。

 私にマユちゃんを紹介したときも、後はもう知らんとばかりに私とマユちゃんを残してその場を去ってしまった。

 黒山君が私と関わるのを避けたがっていたことぐらい、私でも察する。

 でも、さすがにマユちゃんの言うような露骨なことをするかは疑問だった。

 疑問だったがその場合にも備えるべきとして、マユちゃんはそのときの対策を私に教えてくれた。


 泣き落としをすれば防げると。

 できれば周囲の目があるとより効果的だと言った。


 それを聞いたとき少しだけいかがなものかと思ったけど、確かに効果はありそうだと思った。

 黒山君って周囲に悪目立ちするのを嫌ってた節があるし……。

 まあ、黒山君が実際に私達と縁を切ろうとしなければそんなことする必要もないんだし、心に留めるだけ留めておこうと思っていた。

 何なら私じゃなくてマユちゃんが率先してやるかもしんないという甘い期待もあった。そのときは私もマユちゃんのフォローに回ろう。


 って思ってたのにまさか私一人で実践するなんて考えてなかったよ……。

 黒山君が私達と離れた方がいいみたいなことを言ってきたので、マユちゃんに教えてもらった通り目の前で嘘泣きをやって、周りからも同情を買いそうな演技をやってみた。

 こういうことをするのは初めてだったけど、黒山君には効果覿面てきめんですぐさま謝ってきた。演技とバレなくてよかった。

 ただこれ、いざやってみると恥ずかしさと罪悪感が凄まじい。

 こんな手を使うのはもうこれっきりにしたいです……。

 ちなみにマユちゃんにメッセージで今日の一件を報告したら即「GJ」と親指立てたスタンプが返信されました。

 風邪で休んでいる最中にも係わらず、すっごいご満悦の様子で「私もその場面見てみたかった」というメッセージも追記されたけど、次はマユちゃんがやってね。そしたら今度は私が同じように褒め讃えてあげるから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?