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ep.6-11 Détermination 《決意》

◇◆ Ron ◆◇


「じゃあ、僕も帰るね」

「おー。気をつけてな」


あのあとノアと少しだけおしゃべりをしてから僕も大聖堂を後にした。


ノア……本当は僕、知ってたよ。

君がいつも、僕のことを気にかけてくれていたこと。だから、「いつもありがとう」。



風情豊かな街並みを歩きながら、ノアとエリックとよく遊んだ公園に差し掛かる。ここは共同魔法研究所から一番近い公園。リアム先生から、僕がマリアだと聞いた場所でもある。



……マリア…………



あの大聖堂に行くと、何か答えがわかりそうな気がするんだ。

あの場所では、前よりも刻印が反応するようになった。少しずつ、いろんなことが繋がっていく。

僕はきっと、色んな人に、守られてるんだね

僕が、マリア……かぁ……



……



「ただいま」


そう言って家の戸を開けると、珍しくリアム先生が家にいた。

先生は「おかえり」と、いつもと変わらない真顔で出迎えてくれたけど、ちょっとだけ穏やかな雰囲気を纏っているようだった。

スーツを着て、出かける準備をしている。



「お父さん……また、これからお仕事?」

「あぁ、今日は北の町への往診と、その後共同魔法研究所へ行くことになっている」

「……お父さん、忙しすぎて倒れないでね」

「大丈夫だ、ありがとう。ロンは、学校は楽しかったか」

「うん、楽しいよ。今日はノアと大聖堂に寄って帰ってきたから遅くなっちゃった」

「そうか。……ロン」



静かに話す父の声は、いつもと同じトーンなのにどこか……神妙に聞こえるのはなんでだろう。



「なぁに」

「……」

「……お父さん?」

「……」



父の、色素の薄い澄んだオッドアイが僕を見る。誠実さをそのまま表したような凛とした真顔は、見慣れているはずなのに、今日はアルベール様のように何を考えているのかよくわからない。



「ロンは」

「……」

「……本当に、すごい子なんだな」

「……?」



父の大きな手が、僕の髪をくしゃくしゃと撫でる。

少し、優しい顔をしている。……気がする。

こうしてみると、やっぱりアルベール様とそっくりだ。



「お父さん……」

「私は、ロンのすべてをきちんと解っていなかったのかもしれない。……ロンが《マリア》だと、知っていたはずなのに」

「……?」

「ロンは将来、何がしたい」

「将来………」

「これから先、自由に生きられるなら」

「自由に?」

「そうだ。マリアだからとか、そんな話を抜きにして……もっと、自由に」

「……」

「私はロンに、自分のために生きてほしい。ロンが、幸せになれるような、そんな人生を」

「僕が、幸せに」

「そうだ」



……父は、何が言いたいんだろう。

だけど僕の幸せなんて、決まってる。



「……僕は」

「うん」

「お父さんみたいなお医者さんになりたい」

「………!」

「お父さんみたいな、なんでも治せるお医者さんに。だって……」


(ずっと、僕の憧れだから)


「……」

「そしたら、お父さんもいっぱい休めるかな」

「……私のために、医者にならなくてもいいんだよ」

「違うよ……、僕がなりたいの!」



お父さんともっと、一緒にいたいんだもん。

僕もお医者さんになれたら、お父さんは少し休めるかもしれない。

僕がなんでも治せるようになったら、一緒に働けることも、あるかもしれない。

ずっと前からの、夢。医学について教えてもらっていた時から……いや、きっと、もっと前から、ずっと憧れだった。


どんな病気や怪我も治せるお父さんは、かっこいいって、思った。

お父さんの凛とした姿も、なんでも知ってるところも、すっごく頭のいいところも、それから……とっても優しいところも、全部、全部、かっこいいと思ったんだもん。

大好きなお父さんは、僕の、憧れ。


……だけど、夢は夢だと思ってた。僕は、きっと《マリア》として生きていかないといけない。

それはどういうことなのか、今でもよくわからない。

僕が、《マリア》じゃなかったら。

お父さんみたいな、お医者さんになれたら。


お父さんに、休んでほしい。元気に、幸せに、長生きしてほしい。

それから、叶うのなら……笑ってほしい。

お父さんの笑顔が見られたら、どれだけ嬉しいだろうって、今までも何度も思った。

僕は、やりたいことも、お願い事も、いっぱいだ。きっと、欲張りなのかもしれない。



父はいつものようにまっすぐな眼差しで僕を見る。その瞳は僕の心なんて見透かしてしまうようで……なんとなく、欲張りな気持ちが恥ずかしくなって、僕は視線を下に落とす。

父の、綺麗に手入れされたスーツが目に入る。



「ねぇ、お父さん」

「……ロン」

「僕も、お父さんみたいに……なれるかな」

「そうだな…………なれるよ、ロンなら」



お父さんの優しい声がして、僕はそろそろと目線を上げて……お父さんの顔をちら、と見る。



…………


……!


……笑っ、た……の………?



お父さんが……リアム先生、が……

今までこんな風に笑ったのなんか、見たこと、なかった、のに


温かい温度を纏ったかのようなその柔らかく穏やかな表情は、まるで僕の心を明るく照らすかのように、僕の瞳から心の内側を駆け巡り……今この瞬間を、心に、脳に、焼き付ける。僕はきっと……この瞬間を生涯忘れないって、漠然と、思った。

それまで閉じ込めていた感情の波が一気に押し寄せる。


(ずっと、笑ってほしかったから)



先、生…………



…………だって、感情表現できないって…………心が、一度壊れてしまったから……辛い訓練と、哀しい、拷問で。

先生はきっと、ずっと、大きな傷を背負って生きてきたのに



……先生は、こんな風に笑う人だったんだね



先生の温かさが、優しさが、いつもよりももっとダイレクトに僕の心臓と涙腺を熱くする。



血も繋がっていない、本当の子供じゃないのに

先生はあの時、まだ、18歳だったのに。それなのに、人生を僕に捧げてくれて、僕の「お父さん」でいてくれて……こうしてずっと愛してくれて、ありがとう。



うっ……く、……


………先生………おとうさん…………



「……おとうさん………ねぇ……ねぇ、もう一回、笑って……」

「……あぁ………ロン、おいで」

「う……、うぅっ……おとうさぁん……っ……」



……僕はお父さんの前ではこうして泣いてばっかりだ。

だけどお父さんは、いつも僕のことを、僕なんかよりもずっとわかってくれて、こうして僕を受け止めて、ぎゅっと包み込んでくれる……温かくて、優しい人。

その優しさに、涙が、ぽろぽろと父の肩に零れ落ちる。



……おとうさん………



笑ってくれて、嬉しかった。

僕に微笑みかけてくれて、心に光がさすように、温かくなった。

この人に、もっと、もっと笑って欲しい。

もっと、笑った顔が見たい。もっと、幸せに生きてほしい。


……僕の大好きなこの人に、もっとたくさんの、幸せを。



……




それが、僕が《マリア》としての決意を固めた理由だったのかもしれない。

今度は、僕が。



僕には世界なんて大きなことは漠然としすぎていてよくわからなかったけど、お父さんやノアや、僕の大切な人達の幸せを、僕が守りたいって、思った。



やらなくちゃ。


……


僕が《マリア》なら、僕が自分で叶えるんだ。きっと、大丈夫。僕には、大事な人が沢山いる。


僕がこの手で、この混沌を終わらせる。

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