◇◆ Noah ◆◇
あの時、ロンはギリギリの状態だった。俺は、不安だった。
……だけど、あの時リアム先生が来なかったらどうなっていたんだろう。だってあの時、本当に死んでしまうんじゃないかと思った。早産で呼吸機能も未熟だったから、うまく呼吸することすらままならない。浅い呼吸はだんだんと眠るように動かなくなって、体温はみるみる低下するし、生まれてから目に見えて具合が悪くなるようだった。しかも、雨は降り続いていて、冷え込んだ。周りにはもう誰もいなかったし、俺はロンを守ることだけに加護と魔力をつぎ込んだ。母親は、守りきれなかった。父親は、温めてやろうと必死になっていたのを見た。……ロンがあいつの両親を空間転移させなかったのは、両親は空間転移させられるのを拒んだのかもな。あいつを守りたかったから。できなかったのかもしれない。
そうしてようやく救助隊が入れる状態になってから、リアム先生によってロンはきちんと蘇生された。だからもしリアム先生がいなかったらと思うと…………けど……、………あぁ、そしたら予言の神でかつ医術の神であるアルベール様が来ていた可能性があるのか。でもそんなこと、ロンが知ってたわけ……
逆か。
俺がロンを守り、ロンがあの場所にいたことを。本来ならロンを救うのはアルベール様だったのかもしれない。だけど、実際にロンを救ったのはリアム先生だった。そして……それによりリアム先生は《アスクレピオス》のように即死にはならず、ロンを救った善行との秤にかけられて、神の審判を受けることになった。
……予言っていうのは、フレデリックさんみたいに未来が見えるのとは違うんじゃないかと思う。なんというか……もっと曖昧で、もっと流動的な、そんな感じ。
きっとアルベール様があの場所に着いた時には、既にリアム先生は誰かを蘇生させてしまった後だったのかも。………そうか、だからあの時救助隊の誰かに、あそこにロンがいるのを伝えたのは、もしかしたらアルベール様だったのかも。だってあの時、ロンが人々を空間転移させたから周りには誰もいなくなってしまって、最初に救助に来たのがリアム先生だったんだ。俺もいつロンが死んでしまうんじゃないかとハラハラしていたから、なんて奇跡的な偶然かと思っていたけど、つまり、偶然じゃなかったってことだ。
アルベール様の機転により、リアム先生は《マリア》を救ったことで打ち殺されてしまうことはなかったものの、拷問にかけられることとなった。だからこの判決に対して、アルベール様は直談判に行った……と。そういうこと。
多方面で、大分ギリギリな綱渡りをしている気がする。ロンにしても、リアム先生にしても。アルベール様は予言でどこまで知ってたんだ？ やっぱり予言は予言であって、すべてがクリアにわかっている訳じゃないのかもしれない。
……
でもまぁ、俺もここまでしか知らないんだけど。ここまで見届けた直後に、赤ちゃんになっちゃったし。
人間の記憶容量って限界があるからさ、俺も全部覚えてるわけじゃないんだよな。あまりに膨大な情報は脳に負荷がかかるから、ちょっとずつ思い出していくこともあるけど、全然覚えていないこともある。今の回想辺りを思い出したのも、割と最近。この姿を解除したら思い出すかもしれないけど、また戻れる保証はないから、やらない。
この役目を終えるまでは。
……だけど、あの大天災が《マリア》を覚醒させるためだったとしても、災害の規模が大きすぎないか？ あれはあのまま続けば世界が終わってもおかしくなかった。最初、カミサマはまた世界を崩壊させるつもりなのかと思っていたけど、ロンが生まれた瞬間にぴたりと止めた辺り、違うのだと思った。……本当は崩壊させるつもりだったけど、《マリア》の存在に気付いてやめた……？いや、そうだとしたらタイミングが絶妙すぎる。
……《マリア》を覚醒させつつ、新しい世界を作っていくために
……
……わかんない。
やめよう。そもそもロンが死者を視えるのかどうかもわかんねぇし。
「じゃあ、私たち行くね」
「またいつでも教会遊びに来てね」
「はい。リラさんとリスさんも、お元気で」
……
……。
リラさん、フレデリックさんが好きだったんだろうな。髪をショートカットにしたのも、そういうことなんだと思った。
子供の俺から見ても分かるくらいだから、フレデリックさん、気づいてたんじゃないの？ いや……あの真面目なフレデリックさんのことだから、あの状況だったし、気づいていたとしても気づかないふりをしていたのかな。わかんないけど。
エリックは……
……。
エリック。会いたいなぁ。
だけど、最近思うんだ。もしかしたら、俺が《マリア》であるロンを守るのと同じように、あいつにも別の使命があったんじゃないかって。
