◇◆ Noah ◆◇
俺はふと、マリア像を見る。
……。
「なぁ、ロン」
「なぁに」
「ロンも、死者が視えるのか?」
「さっきの、ガエルさんの研究の話?」
「ん、そう」
ロンの金色の瞳は俺をまっすぐに見ている。
この眼は……。視えてるな
「視えるよ」
「やっぱり」
「ノアは視えてるの?」
「いいや。俺はさっぱり」
「……そうなんだ」
ロンは少し残念そうな顔をしたけど、見えないものは仕方がない。
だけどロンは、死者が見えていた。あれから死に瀕することなんかなかったから、きっと生まれてからずっと見えていたのかもしれない。
ロンは話を続ける。
「この間、ある論文を見て思ったことがあるんだけど、きっといつか、エリックにも会えるんじゃないかって」
「エリック……」
「死者が視えるって言うことは、そういうことでしょ」
「まぁ、そうかもしれないけど。天に召された人も、視えるのかな」
「視えるよ、きっと。それから、ノア」
「ん?」
「ふふ、いつもありがとう」
「なんだよ、急に」
「なんとなく」
「へへ。まぁ、なんかあったらいつでも頼れよ」
「うん……うん、ありがとう」
ロンを見る度に、使命が重すぎるよなぁと、改めて思う。
……
真っ白なマリアの像を見る。
《マリア》…………
「なぁロン、こっち向いて」
「うん?」
「……」
「……?」
……純白で廉潔な、マリアの像。
ロンは、今はまだ子供だけど、もう少し成長して同じような服とベールを纏えば、正に生きた
何千年、何万年も、人々の希望の象徴であり続けた
この世界の人たちが、『この世界を正しく導く者』を《マリア》と呼ぶのは、先の時代からずっとこの町を見守り続けている、この真っ白なマリア像に希望を見出すからだろう。
だからロンは、肌も髪も純白で、瞳にだけ金色があるのだと。だから、ロンの祈るような姿は、まさにマリアのようだと言われるんだ。この世界の人々にとって《マリア》といえば、ずっと大切にされ続けてきた、この像だから。
きっとロンはその眼で、人々の善も悪も、全てを見透かしてしまうんだろう。
はるか昔にされた、アルベール様の大予言。俺もずっと見守ってきたけど、長かった。
……
「なに?」
「なんでもない」
「……変なノアだ」
「変じゃねーし」
「あっはは」
ロンなら、この世界を正しく導いてくれるって、そう思う。だけどそれにはまだ子供すぎる。
……この世界を正しく導く鍵は、この大聖堂にある。ロンはもう、気づいているかもしれないけれど。