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ep.6-7 Papier 《論文》

à la cathédrale

大聖堂にて


◇◆ Noah ◆◇


「あ、ノアくんとロンくんじゃん!」

「ほんとだ、久しぶり。ノアくんはいると思ってたけど、今日はロンくんも一緒なんだね。相変わらず仲良しね。元気にしてた?」



そう俺たちに話しかけてきたのは、リラさんとリスさん。今、大学4年生の双子のお姉さんたち。淡い栗色の長い髪の方がリスさんで、ショートカットの方がリラさんだ。昔から二人とも髪が長かった印象が強いから、リラさんのショートカットは随分と雰囲気が違って見えるようだった。

くりっとしたぱっちり目は二人とも相変わらずそっくりだったけど、ピンクの瞳かオレンジの瞳かで、リラさんかリスさんかがわかる。


彼女たちとは昔、教会で知り合ったんだ。9年前、大災害で親を亡くした子供たちがたくさん集まっていた教会。

当時、生まれたばかりの俺はここの大聖堂の神父さんに引き取られたから、仕事中に預けられる形で教会にはお世話になっていた。ロンやエリックと知り合ったのもそこの教会。

ロンは両親をあの大災害で亡くしていたからリアム先生に育てられたんだけど、リアム先生も忙しいから俺と同じような感じで。

リラさんとリスさんは割と長らくあの教会にいたんじゃないかな。あの事件があってから、今もその教会で過ごしているらしいと聞いた。


あの事件……エルヴェ・マティス教授による、魔術師の人体実験未遂。

そのターゲットにされかけていたのが、彼女たちだったらしく、それまで住んでいたアパートを引き払って、教会に戻ったらしい。その方が安全だよな。あの教会には未だ孤児の子供もたくさんいて、常にシスターさんたちがいるから。



「お久しぶりです。お祈りですか?」

「うん。そろそろ、自由に出歩いてもいいかなって」

「……大変だったみたいですね」

「そうね……」



そう受け答えするのはリスさん。リラさんは、この話をするとうつむいてしまう。リスさんはそんなリラさんに目配せすると、話題を変えた。



「大変と言えばさ、ロンくんも大変じゃん」

「……そうだ、あの予言、びっくりしちゃった」

「なんか困ったことがあったら言ってね。私たち、大体あの教会にいるから」



そんな風に、かわるがわるロンを励ましていた。今度はロンがちょっとだけ元気がない。

……仕方ないな。今度は俺が話を変える番かな。



「リラさん、リスさん。話は変わるんですけど。ガエルさんっていう大学生の男の人、知ってます?」

「「ガエル!?」」



リラさんもリスさんも、くりっとした目をさらに見開いて、同時に驚きの声をあげる。



「知ってる知ってる!大学は違ったけど、面白い人なのよね」

「2,3回ほどしか会ったことなかったけど、妙にインパクト強くて」

「えっ、ノアくん、なんでガエルのこと知ってるの?」



やっぱり。インパクト強いよな、あの人。

1回会ったら忘れないもん。



「この間、この大聖堂に来たんです。それでリラさんとリスさんのことを聞かれて」

「へぇ。もしかして、心配してくれてたのかな」

「そんな感じでした。どこにいるかは言えないけど、元気にしてますって言ったら安心してました」

「そう。ガエル、本当に面白くていい人よね。今頃、忙しいんじゃないかしら」

「そうかもしれませんね」



ガエルさんは先日、ある視覚変化に関する仮説の研究論文を出して話題になっていた。大学提出用ということでまだそこまで本格的なものではなかったらしいし、多分、ちゃんとした研究はむしろここからなんだろうけど。

それが『重度(※)の怪我や疾患の既往のある患者と視覚変化の関連について』というものだ。

この「重度」という定義が曖昧だが、死に瀕するほど、前後の記憶がない、などといった注釈がついていた。


実験方法は、重度の怪我や疾患を境に、視覚変化が起きた人を対象とした聞き取りや比較実験が主だった。視覚変化とは恐らく、『死者が視えるようになった』ということだ。まぁ便宜上、今は見えるようになった対象を『死者』と呼ぶことにする。

被験者はかなり母数が少ないうえに、さらなる調査が必要と考えられるために大学提出用の仮説研究論文ということで出されたらしいが、俺はその研究の話を聞いて、もしかしたらその被験者の一人はハルかな?と思った。


その研究では、視覚変化の起きた人が見えたという『死者』の中には亡くなった知り合いだった人に非常に酷似した人もいるという例や、見えた人同士の話す『死者』の特徴が一致することなどからも、興味深いことでもあった。逆に、こういった類の研究ってそこまで進んでいなかったんだなぁ、なんて思ったりもした。……多分、過去の『死者』に関する論文が、ごっそり秘匿事項となってしまったことと大きく関係しているのかもしれない。


今俺は便宜的に『死者』という言葉を使ったけど、その論文では死者とは断言されてはいない。あくまでも、『視覚変化』と書かれていたらしいけど、おそらく、死者だと思う。

……俺は死者、見えないけど。でもまぁ、なんとなく感じるものはある。



なんでこんなことを小学生の俺まで知ってるかというと、地域メディアでも取り上げられていたからだ。

今まで精神疾患や幻覚として診断されていた人が、もしかしたらそうじゃなかったって可能性があるかもしれないとまで言われたりして。この世界が『生者も死者も一緒にいる世界』なんて言い出したのは、もしかしたらそういう人たちなのかもしれないよな。まぁ、見えない人には信じられないだろうし、証明するのも難しい。それに、見える人が少ないというのも原因の一つな気がする。

正直俺も死者がその辺歩いてると言われてもいまいちピンとこない。単純に、人間の脳と視覚には限界があるんじゃないの? 俺だって、見えないもんは見えないもん。それに、こうして人の形を為してみて、なぜこの世界が『生者も死者も一緒にいる世界』と言われているのかよくわからなかった。でも、きっと今もいるんだろ。ハルもいつもそんなことを言ってるし。もちろん、信じるよ。俺だって、この姿になる前は視えてたし。おとぎ話のような話が、この論文で形が見えてきたってことだ。見える、と言わないだけで見える人は案外いるのかもしれない。


まぁ、今回の論文に関しては、あくまで簡易的な実験しか行われていない上に圧倒的に母数が少ないから、脳波検査や視覚なんちゃら検査みたいなのを行うことでさらに今後の解明に努めていきたい、と締めくくられていた。

論文進まないって言ってたから、いろいろ提出期限ギリギリだったのかもしれないな……なんて思ったりしたけど、あの人、すごい人だったんだな。


そしたらさ、ロンまであのガエルさんとケヴィン先生の家で会ったって言うから、びっくりしたよ。世間って狭いよな。



……



……そういやロンは?あいつも見えてるのか?

生まれたばかりでいきなり生死を彷徨ってたけど、見える、と言っているのは聞いたことがない。

言わないだけで見えている……?

もしかして……9年前のあれはそのための大災害だったってこと? そんな、まさか。

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