◇◆ Liam ◆◇
「リシャール、話は変わるが。先ほどいた大聖堂がどういう場所か、わかるか」
「あの大聖堂は……先の時代からずっとマリアのためのものです。あの近くは私がロンと出会った場所でもある」
「ほぉ」
「ロンは早産でした。あの時、大災害という緊急自体もあり、ロンは病院ではなく、大聖堂近くの建物の中で生まれてしまったんです。それはたまたまだったのかもしれませんが、何か……偶然とは思えませんでした。それに建物が倒壊したあの状況の早産で、本来なら生きているわけがなかった」
「お前はそれをどう読み説く?」
「あの時私が感じたのは……それこそ神のご加護か、何かしらロンを守る力が働いていたのかと」
アンリさんはヒュウっと口笛を吹き、「両方正解だ」と言う。
「神の加護と、《マリア》を守る力。まず神の加護について。この世界はその《神》という認識にねじれが生じていると思わないか?」
「それは思っていました。ゼノ様という絶対的な神がありながら、人々が信仰しているのは《マリア》です。だから神、というのは」
「はは、さすが、鋭いな。そうだ。この世界が信仰している《神》とはすなわち《マリア》が真に秘める力のことだ。つまりゼノ様はこの世界を支配しているだけであって、崇められている訳では無い」
「……神とは一体なんなのですか」
「なんなんだろうな。《マリア》に秘められた力が真の意味で《神》であるとすれば、ゼノ様を始めとした神は魔術師であって、魔術師は神ではない。相互イコールではないのは確かだな」
ゼノ様は……
……神ではない
「ふん……気づいたか。《ゼノ》って名前は《見知らぬ者》《外から来た者》などという意味を持つ。つまり、我々魔術師という存在は、ゼノという偽りの神によって作られた、神話の再現に過ぎないんだよ」
神話の再現。……だが、一体何のために?
「アンリさん、ゼノ様とは一体何者なのですか」
「それはわからんな。ギリシャ神話では我々の父となる存在だが、本当の父じゃないんじゃないか? 我々を作った、という意味では、もしかしたら父なのかもしれんが」
「作った?」
「そうだろう。我々の魔法は皆、ゼノ様から与えられたもの。つまり、我々はゼノ様の掌の上だ。天に召されるというのは魔法が剥奪されることだから、まぁよくわからんがそういうことなんだろう」
「……」
ゼノ様は我々を、作った。
我々……というよりは、魔術という不確定要素を作ったということだろうか。
ゼノ様。まだ、わからないことが多い。
アンリさんは話を続ける。
「だが、どういうわけか《天界》への架け橋がない。その架け橋をするのが《マリア》だが。どうやって導くのかは私にも分からない。だが、先ほど言った2つ目。《マリア》を守る力が何か、わかるか」
「あの大聖堂自体……でしょうか」
「あぁ、そういうことだ。お前も薄々勘づいていたのか。それとも《マリア》を蘇生したときからわかっていたのか? あの大聖堂には、いわゆる守り神がいる」
「守り……神……」
「長年の人々の信仰や思いが魔力を持ったと言うべきかな。まぁいい、便宜的に守り神と言うことにしよう。その守り神は《マリア》の一番近くで、今も守り続けているんじゃないのかな?」
「……あの少年ですか」
「そうだ。ノア・ロベール。彼はあの大災害の時に《マリア》を守るとともに、自身は人間の赤子に姿を変えた。赤子になるのが精いっぱいだったのかもしれないが。だから彼の魔法はゼノ様の支配下にはないということになる」
「ノアくん……不思議な子だとは思っていましたが。それでロンはあの状況で生きていたのですね」
「そういうことになる。普通なら大災害時のあの状況下で、それも早産なら生きているわけなかっただろうな。だが《マリア》は、お前と、あの少年によって生かされたようだ。まぁ、それもアルベールは見越していたようだ。逆に、ゼノ様はそれを見破れなかったということになる。つまり、ゼノ様は全知全能なんかじゃない、というのが私の見解だ。そしてあの大聖堂にこそ、この世界を正しく導く鍵があるのではと思っている。
……話は逸れたが、あの大災害の翌日、あの町から見つかった5人の生存者のうち一人が、大聖堂で見つかったノアという赤子だったというわけだ」
少しずつ、色んなことが繋がってくる。
これで私も長年疑問に思っていたことも分かったようだ。
「アンリさん。あの日、
「それは大聖堂を中心に、恐らく空間転移系の魔法で避難させたんだろう」
「……それも、ノアくんの力ですか」
「いや、それは《マリア》の方じゃないか? そうでなければノアは《マリア》も一緒に空間転移させていたはずだ。ノアは《マリア》を守り、《マリア》はあの場所にいた人々を守ったんだ」
「ロンが……? ですがあの時……ロンは、まだ」
「有り得ない?《マリア》だぞ。お前の傷を癒したのは誰だ? 生まれながらのあの膨大な魔力は? 常識なんか通用しないのが《マリア》だ。……だから神は《マリア》の誕生を祝福すると共に、その強大すぎる力を畏れてタイムリミット付きの刻印を付したし、この街の人々は、みんな《マリア》を信じているのかもしれないな。そのタイムリミットを迎えた時は恐らく使命の終わりということだから、すなわち……。その先は正直私にもわからん。だから《マリア》はお前が守ってやれ。どうすればいいか考えろ。それが、親であるお前の使命ってやつだろう」