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ep.6-5 Père 《父》

◇◆ Liam ◆◇


もしかしたらと、思わなかったことはない。

もしもギリシャ神話と同じなら。

もしも父が私を愛してくれていたのなら。


そうだったらいいのにと、子供の頃から何度も思った。

だが私は……父の愛など、よくわからなかった。


これが感情を欠如したことによる代償なのか、父と過ごした時間が少なすぎることが原因なのか。



……



アンリさんの言っていることは正しい。私は多才な父を、胸の裡で尊敬していた。だが父に関しては、ケヴィン先生から伝え聞くことが殆どすべてだった。

……私は生まれてすぐにケヴィン先生の元で育てられたがために、父のことをよく知らない。母も私が生まれた時に亡くなっていたために、いない。



父の奇行について知ったのも、9年前、神の審判から戻ったのちにケヴィン先生の元を訪れた時だった。



……9年前。私は神の拷問による大怪我で、現界へ戻ってきてもしばらくは自分の事とロンの世話で、その日を生きるのが精いっぱいだった。だがロンの『toutすべてを guérir癒す魔法』が私を癒した後から、少しずつ最低限の生活ができるようになり、なんとか空間移動魔法を使えるようにまで回復した。そうして私はロンを連れて、育ての父であり師であるケヴィン先生の元を訪れた。


その時のケヴィン先生はその大きな両の目を見開き、私とロンを見て「よく、生きていた」とつぶやきながら、そして「おかえり」と強く抱きしめてくれた。あまりに力が強くて折れるかと思ったが、その時の先生の大きな肩が震えていたのは、今でも覚えている。


そうして、その時だ……私が、と、魔術師の医師は私を除いて皆殺しにされたことを知ったのは。それも、皆殺しにしたのは私の父、アルベールだと言う。そのまま父は行方がわからなくなっていたことも。

ケヴィン先生はそれを嘆いていたが、なぜそのような奇行に及んだのかは語られることはなかった。そんなことよりも、ケヴィン先生は私の名前の方が気がかりな様子だった。神の記憶操作により私は私自身、『リアム・ロアン』であることになんの疑問も持たなかったが、私の本当の名が『リシャール・シュヴァリエ』だったということを知ったのは、それから随分経ってからのことだった。その証拠が、ケヴィン先生の家にある、私の論文。確実に書いた記憶があるのに、名前だけが違う。

……だが私には名前なんか変わってしまった方が有難かった。

リシャール・シュヴァリエの名を聞いて一番に脳裏を過ったのが、あの3か月にわたる……拷問。「リシャール・シュヴァリエ」と毎日のように呼ばれるのは、拷問開始の合図。死に近い微睡みの底にいる意識が、痛みを伴う現実へ引き戻されるものだったから。



『リシャール・シュヴァリエ』は、死んだ。



だけど私はこうして戻って来た。『リアム・ロアン』として。

父は私の行いを許さなかったのだと思った。

死者を蘇生したことを。

神が許したとしても、父は私を許さないのだと……そう、漠然と。

この忙しさは私への罰なのだと、そう、思った。



……



私は、自分がしてしまったことの大きさを再認識する。

あの災害時、命を救う為と思った『蘇生』。だがそれは取り返しのつかないことをしてしまった。

私は罪を、償わなければならない。



だが、それと同時に、私はわからなくなる。

……死とは、なんなのか



私の特殊魔法……『蘇生』。これは、細胞が一つでも生きていなければ使えないものだった。

通常、心肺停止や脳死と診断された後でも、全身の細胞まですぐにすべてが死滅するわけではない。生きるために必要な活動が止まってしまってからも各所の細胞はしばらく生き続け、その後緩やかに、死んでいく。私の『蘇生』は、死後硬直してしまった者や、死後数日経った者に関しては、蘇生することはできなかった。……だが、細胞がひとつでも生きていれば蘇生できるなど、この時には既に死者を蘇らせることと同義の魔法となっていたのかもしれない。私は母に会ってみたいとも思ったが、それは叶わないと感覚でわかっていた。

しかし、神の拷問によって得た私の第二特種魔法と呼ばれる魔法はなんだったか。

……それこそが、『死者の蘇生』だった。これが、完全系だと、それも感覚でわかる。

使ものだと。


私はロンとは違う。ロンは元の特殊魔法に別の特殊魔法が上書きされたがために、いずれ元の特殊魔法が使えるようになるかもしれない。

だが私のこの魔法死者の蘇生は……第二特殊魔法と呼ばれてはいるが、第二の特殊魔法なんかではない。特殊魔法と言うのは、もしかしたら何かをきっかけにその性能が強化、あるいは進化するものなのかもしれない。第二特殊魔法の発動条件が『ある一定以上の魔力保持者』が『第一の特殊魔法を完全に使いこなせるようになること』というのは、単純に延長にすぎないからだ。

だが死者を蘇生できてしまうことなど、私にとっては呪いでしかない。


私は次に死者を蘇生させたが最後、この世界のどこからも消えてしまうことが決まっているのだから。



……。




細胞が、ひとつでも生きていれば生なのか

生命活動が停止してしまった時点で死なのか



臨床的には後者だが、『蘇生特殊魔法』を使える私には、もう、分からない。



父は、こんな私に何を思うだろう。




きっと父は……、いや……もしかしたら。




……。



自分に都合の良い解釈をする権利などはない。私がやることには何も変わりはない。

いずれにしても、私が死者を蘇生させなければ起こり得なかったこと。

特殊魔法が神から授けられた役割なのだとしたら、だからこそ私は淡々とこの仕事をこなす。意味もなく殺された医師たちにはこれからも償い続けなければならない。





だけど本当は……

神が許さなかったとしても私は、父には赦されたかったんだろうな




……



ふいに「リシャール」と、アンリさんの声がした。



「まぁ、だからそんなに思い詰めるな」

「……ですが」

「いいんだよ、もう。『でも』も『だけど』も、禁止! あ、『ですが』も一緒だからな。子の罪も責任を負うのが親ってもんなんだよ。『親』になったお前ならわかるだろう」

「……」

「アルベールを許してやってくれよ」



……許すも何も、父は



「おいリシャール、言っておくがアルベールがお前のしたことを許してないとか、そんなことはないからな! なぁしっかりしてくれよ、本当はわかってるんだろう? それとも忙しすぎて頭がバカんなっちまったか? やっぱさ、ブラックの刺激が足りないんじゃないのか、えぇ? 頭がよすぎるお前に私なんかじゃ頼りないかもしれないが、ちっとは頼ってくれよ」

「……頼りないなんてことはありません」

「言ったな?……まぁとりあえず考えすぎるなってことだ。お前はもっと周りに甘えていいんだから。まだ26? 27だったか? 私たちにしてみればガキ同然だ」

「なっ……」

「ははっ、ガキは冗談だ。まぁ可愛い甥っ子であることには変わりない。せっかくこうして会えたんだ、ひとつ、この世界の謎について面白い話をしてやる」



そんなアンリさんは片方の口角をあげてにやりとした表情を浮かべながら、話し始めた。

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