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ep.6-4 Amour 《愛》

◇◆ Henri ◆◇


もしかしたらあまり思い出したくない過去なのかもしれない。リシャールは、真顔のまま聞いていたが、再度目線を下に落とした。



「アルベールはな。お前が3か月間神の拷問を受けている間、毎日のように抗議しに行った。『リシャールが施したものは、れっきとした医療だった、納得いかない』と。だが神がそれを受け入れるわけもなく、お前との面会すら叶わなかった。それに、《マリア》は、んだろ?あの状況で、しかも早産だったと聞くから生きていた方が不思議ではあるが……だが、死者を蘇生させたことがお前の罪ならある意味、《マリア》に関しては誤審じゃないか。まぁ、その前にも死者を蘇生させていることに関しては、お咎めなしという訳にはいかないんだろうが」



リシャールは一度深く目を閉じ、長い睫毛を持ち上げると、その奥で光る白とパールブルーのオッドアイは真実を秘めたように私を見た。そして「《マリア》は、生きていました」と言う。多臓器不全と低体温に陥ってはいたものの、確かに生きていたと。

やはり、《マリア》は死んでなんかいなかったのだ。私はそのまま続ける。



「アルベールも、《マリア》が生きていたことを知っていた。なぜなら……まぁお前ならわかるだろうが、あいつはお前の父であり、予言の神であり、医術の神でもあるからだ。あいつはわざわざ2回目の予言を半年前というタイミングでしたが、本当はもっと前から知っていたんじゃないか?《マリア》が、この世界をどうにかしてしまうことを。だから、マリアは一度だって死ぬわけがなかったんだ。そりゃ、抗議したくもなるわな。

……ま、そんなこともあって、アルベールはついにブチ切れる。怒りの矛先を神々に向けられるわけもなく、あいつがしたことが……魔術師の医師の皆殺しだった。極端だろう。だが、それほどまでに奴の怒りは静まることがなかった。なぜ魔術師の医師を皆殺しにしたのか。それは」


「……」


「魔術師の医師の中で、お前だけ神の審判を受けているのが我慢ならなかったから、に尽きるだろう。お前は《共同魔法研究所》での過酷な訓練で、感情をなくすほどに打ち込み、人を死からもよみがえらせるほどの技術を身に着けてしまった。だが、他はどうだ?そこまでしたか?……ジルが『感情を持つ魔術師の医者は全員殺された』と考える理由はそこにあるのかもしれないが、根本はアルベールのエゴだ。感情如何はなんの関係もない。でもまぁ……なぜおまえだけこんな目に遭わなければならないのか、なぜ皆お前に遠く及ばないのか、なぜ誰もお前を救ってくれないのか……なんて、あいつも魔術師の医師らに対して思うことはあったのかもしれないな。医術の神アポロンである、あいつなら。

そんなこともあり、アルベールはとにかく怒りが収まらなかった。それも、誤審も含まれるかもしれないと考えたら、なおのことだったのだろうな。……もはや単なる八つ当たりにすぎんが。そうしてあいつは魔術師の医師皆殺しという暴挙に出た」


「……」


「それにより、神々の矛先はお前からアルベールに移り……お前は条件付き無罪で解放されたというわけだ」


「……そんな、ことが……」


「これが真実だ。だがこんなこと、ギリシャ神話を知っているお前には想像に易かったのでは?《アポロン》がアルベール、《アスクレピオス》がリシャール、お前だ。矛先は違えど、アポロンがアスクレピオスの死を嘆いて虐殺を働いたことなど有名な話だろう。それともあいつの愛が信じられなかったか?」

「……」



変化の乏しい瞳は何を考えているのか読み取り辛いが、だが昔より確実に、感情がわかりやすくなっているようでもある。大災害前のリシャールは、まさに感情のない精密機械のように冷たい目をしていたのだ。《マリア》との出会いが、リシャールを変えたのかもしれない。



「……アルベールは解放されたお前と面会できることもなく、辺境の地にて10年間、復興の手伝いをさせられることになった。もちろん、その間魔法は使ってはいけないと。、その地に送り込まれたというわけだ」

「……」

「まぁ、そこそこ大変な思いをしたんじゃないか、アルベールも。よっぽど真面目に働いたのか、期限を1年残して解放されたようだ。……あぁ、だから2回目の予言は、魔力が戻った半年前にしたのか。あの時、きっと一番にお前に会いに行ったんじゃないのか?ま、なんにせよあいつの暴挙のおかげでお前の審判は予定よりも早くに終了したというわけだ。愛だろう?」

「……っ」

「ギリシャ神話の《プロメテウス》……知っているだろう。そいつは3万年にもわたって拷問を受け続けたと言われているが。……まぁ詳しくはわからんがな。お前もそうならなくてよかったな。」

「……」



視線を落としたままのリシャールは何か考えているようだが、リシャールに感情がないなんて、そんなことはない。



「私はさ。お前は心のどこかであいつを信じてたって思っているんだよ。だって、お前が《マリア》につけた名前は『ロン』だった。それはお前を育てたケヴィン……《ケイロン》のロンであり、お前の実の父、アルベールの《アポロン》のロンでもある。お前は本当は、二人の父を尊敬していたんじゃないのか。

……お前はさ。もしかしたらアルベールからあまり愛されていないと思っているかもしれないが、そんなことはない。あいつは自己中なところはあるが、お前のことを愛していると、私が断言するよ」

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