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ep.6-3 Mis à jour 《誤審》

◇◆ Henriアンリ ◆◇


「リシャール」


毅然としたその背中を呼び止める。振り向いたのは、アルベールによく似た……しかし感情の薄い、鋭いオッドアイだ。



「……いや、今はリアム、かな」

「アンリさん。この町に帰ってきていたのですね。お久しぶりです」

「先日アルベールが来ただろう。あいつめ、あんな予言を置いていきおって」



『この混沌の世界は終わりを告げる』など。そんなこと、随分前からわかっていたことだろうに。



「リシャール。少し話をしないか。そこの喫茶店で」



* * *



喫茶店と思っていたところは洋菓子屋に変わっていたが、私はブラックコーヒーを、リシャールはミルクティを注文する。

……?意外と甘党……?男は黙ってブラックでは?意外過ぎるが?



……まぁいい。

アルベールは私のだ。

醜い私とは違って兄弟一美しいとされる、《太陽の神・アポロン》。それは我々どの神々からも一目を置かれるほどに美しかった。あいつは多才故、予言の神・明光の神・医術の神等、幅広い。そして……この世界を全て知っているとされるゼノ神は、我々の父とも言われる、《全知全能の神・ゼウス》。本当の父なのかは、正直わからん。



……私は《鍛冶の神・ヘパイストス》の、アンリ・カルパンチェ。ギリシャ神話でヘパイストスは、ゼウスの長男でアポロンの兄。

ギリシャ神話でも醜い容姿で有名なこの神は、発明の才に秀でていたという。別に醜い容姿まで再現する必要なかったんじゃないか?と、思う私も、とても美しいとは縁のない見てくれをしている。

曲がったような鉤鼻に、小さく薄い唇。そして、深いグレーの光彩をした大きくて人相の悪い目には、申し訳程度の睫毛が生えているだけだ。

まぁあとこれは自己責任だが、中肉中背より少しだけ太り気味。もはや外見などに興味のない私は、癖のある深緑の髪も少なくなりはじめ、恐らく40-50代くらいに見えることだろう。



「リシャール、何か思いつめていたようだが」

「……」

「はぁ。お前のそのバカ真面目ですべてを秘匿するところは、昔から変わらないな」



あの時……あの、9年前の大災害時、発生から3か月後に見つかったというあの時も、リシャールは同じようにすべてを黙秘していた。

あれは確かにリシャールだった。大雨でびしょぬれになったアイスブルーの髪は乱れ、生気のない薄い肌は青白く、首から上はところどころ擦り傷のような小さな傷はあったものの目立つ程の傷はなかったために判別はついたのだ。この鋭いオッドアイは鬼気迫るようでもあったのを今でも覚えている。

……だがなぜか赤の多く混ざる、雨に濡れた服を脱がせた途端、あっと驚いた……全身鞭で打ったような酷い拷問跡からは夥しい血が流れ続け、拘束されていたと見られる跡もはっきりと残っていた。それはもう見るに堪えないほど悲惨で。事実、呼吸をするのさえ苦しそうに見えた。そして左肩の、十字架とローマ数字のタトゥーのようなもの。

だが……あの時私はリシャールを、リシャールとして認識できなかった。なぜか頭の中にもやがかかり、別の人物に書き換えられているような……そんな、感覚。

だがそれは、神が『リシャール・シュヴァリエ』を『リアム・ロアン』に書き換えていたことが原因なのだろうと思う。



私は目の前にいるリシャールを見据えながら問う。



「魔術師の医師不足のことで悩んでいるらしいと聞いたが」

「……」



一瞬、ぴくりと反応する。彼の眉間から鼻梁へすっと描く美しいラインも、彫の深い眼窩も、長く影を落とす睫毛さえも、アルベールとそっくりなのに静かなのがどうも落ち着かない。

……言っておくが、別に容姿を妬んでなんかいないからな。



「お前、存外わかりやすいな。まぁ、悩みはそれだけでもなさそうだが?医師の皆殺しに関してはアルベールを擁護するわけでもなんでもないが、あいつがそんな奇行に出た真相を聞かせてやる」

「……なぜ急に」

「先日、私の元にアルベールが来たからだ」

「……!」

「あいつは気色悪いほどにお前を愛している。そしてお前のことをずっとリシャールと呼び続けるあいつは、今でもあの審判に納得していない」

「……あの審判……。父は、私をのことなど……」

「あぁ、リシャール、何を言っているんだ。あいつほどお前を愛しているやつはいない。……はぁ、まったく。あいつが言っていたのはこういうことか。……あのな、リシャール。知っているだろう、『魔術師の医師の皆殺し』。これがアルベールの仕業だということも」

「……。知っています。それは、私が……死者を蘇生させたからでは」

「そんなわけあるか。お前はあの拷問だけでも必要以上の仕打ちを受けた。あれはアルベールの愛があまり余った結果だろう」

「……どういうことですか」



それまで伏せていた目線を私に向ける。表情ひとつ、声色ひとつ変えない。本当に、感情表現ができないと見受けられる。

全く以てひどい仕打ちをうけたものだよな……あの鬼畜な訓練も、3か月にわたる拷問も。



「私もお前の本当の名前をつい先日まで忘れていたのだ。だがアルベールが私の元を訪れた時にお前の本当の名を聞いて、全てを思い出した。あれは……あの9年前の大災害から3か月後に現れたあの青年は、間違いなく神の審判を受けたお前だった。そして……あの審判には一部、誤審があったのだと」


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