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ep.6-2 Péché 《罪》

数日後・10月

- 総合病院救急部 -


◇◆ Liamリアム ◆◇


昨日の日勤から続く夜勤が明け、更衣室で術衣からワイシャツに着替える。今は朝の9時。今日は夕方に別の病院への往診と、《共同魔法研究所》へ行くことになっている。その前に一度帰宅したらシャワーを浴びて仮眠をとろうか……

帰る支度が終わり、空間移動魔法でさっと帰ろうかと思ったが、連日の過労で魔力が安定していない。うまく力が入らず、疲れからか指先が震えていた。これでは魔法コントロールを誤る気がして、私は歩いて帰ることにした。



朝の町を歩く。10月に入ったフランスのこの町はすっかり秋が色めき始め、爽やかな風と穏やかな日の光が降り注ぐ。散歩するにはちょうどいい気候だった。川のほとりを歩けば、水面がきらきらと太陽の光を反射してまぶしい。

この道のりを歩くのはいつも決まって、ロンと一緒に大聖堂へ祈りを捧げに行く時だった。この腕に抱いて歩いた冬も、小さな手を引いて一緒に歩いた春も、先に駆けて行ってしまった夏も、この道は四季折々の表情を見せながらも、ずっと変わらずにここにあるように見える。そんな、小さく幼い日々も、つい先日のことのようだ。ロンも、もう9歳。随分大きくなったとはいえ、まだまだ子供であることに変わりはない。

慢性的な睡眠不足で体は重かったが、私は思い立って大聖堂で祈りを捧げてから帰ることにした。



……



大聖堂の重厚な門をくぐる。平日の朝でも礼拝に訪れる人は多い。

いつ来てもこの彫刻や装飾には心を洗われるようだった。そして……純白の、マリアの像。

マリアというのは、どの時代、どの世代でも大切にされてきたものなのかもしれない。いや、だからこそ、この時代、この世界を導くと言われる者の名称が《マリア》なのだろうか。


私たちはきっと、


ベールを被った慈悲深い姿の、真っ白なこの像は。脈々と受け継がれるこの神聖な像が、かつて意味したものとは……人々はみな、同じように救いを求め、尊び、大切にして来たのかもしれない。

何千年、何万年と時を経ても人の心の拠り所であり続けるのは、心底すごいことだと思う。



……



私は祈りを捧げる。



" Ave Maria "


ロンが、人々が、心穏やかに過ごせますように

そして……

私の罪をお許し下さい



……



祈りを捧げたあと、私はしばらく装飾の美しい華やかなステンドグラスを眺めていた。

《 Ave Maria 》というマリアへの祝福賛美や、この大聖堂を始めとする、マリアのために捧げられたとされる数々の教会堂。これらは西の時代には存在したという。今は……。今のこの《聖暦》とよばれる暦は、何度目のやり直しなのか。この暦以前にも政暦、征暦、清暦……いくつもの時代が存在し、終わっていった。我々のこの時代は、《西暦》と言われる時代に最も近いのではとも言われているが、これまで何度、この世界は破滅と再生を繰り返しているのだろう。



……この時代はこの先どうなる



私は溜息をつく



……死者を蘇生させたこと、魔術師の医師が皆殺しにされたことへの償いをしなくては。

そして……ロンにも、刻印についてそろそろ話をしなくてはならない。


刻印が、なぜローマ数字の時計盤と十字架のデザインをしているのか。それは、あの刻印は、タイムリミットだから、だ。この混沌の世界が終わるまでの。そしてそれが終わった時、ロンは……


……。


こんなことを、あの子にどう話したら良いだろう。また、大粒の涙を流しながら静かに聞くのかもしれない。

純粋で優しいあの子には、もっと自由に生きてほしいのに



だが、どうなったとしても、私がロンを守ろう。

私の左肩にある刻印は、そのためにあるもの。ロンの責任は、私の責任でもある。



決意を固め、帰ろうと思ったその時、「リシャール」と私を呼ぶ声がした。

はっとして振り返ると、そこには、この町を復興したことで有名な鍛冶屋のアンリさんが立っていた。

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