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5-9. Le monde est petit 《世間は狭い》

◇◆ Gaël ◆◇


今日はなんだか朝から濃い一日だったな……

もう夕方。ここフランス、3月の夕方は肌寒い。


俺は今朝大聖堂を後にしてから図書館で少し論文を進めた後、約5年ぶりにケヴィン先生の元へ来ていた。《賢者》と呼ばれる、ケンタウロス族の優しいおじいちゃん。

どうしてもあのシュヴァリエ先生の論文が読みたくて、怒られることを覚悟でやってきた。


……そしたら!すっっっごくかわいい天使がいたんだよ!


なんだなんだなぁぁぁんなんだ、この子は!!!?!!!

……って。びっくりしちゃったな……本当に天使っているんだなって、思っちゃったよね。

信じられないだろ?俺だってまだ信じられない。


陶器のように真っ白で綺麗な肌に、銀髪がかった柔らかそうなさらさらとした白髪。眉も長い睫毛も、全部真っ白。それからぱっちりとした優しげなたれ目に金色の瞳……触って指紋でもつけようものなら自分が穢れや汚いものかと思うほどに清廉潔白で愛らしい……小学生、男子。これで男かよ―――……お兄さん、マジカルショック受けちゃうな……


男子の学校の制服なのか、ハーフパンツ、まじで似合っちゃってるよ……細くて真っ白な足はちょっとした衝撃で折れちゃうんじゃないか心配になるほどに華奢だ。

……と、ここまでものの5秒……から10秒ほど。放心して全身眺めちゃってる俺ってば最悪不審者じゃん。いや、そんな趣味ないよ?ないけどね。でも、思わず見とれてしまうほどに真っ白で神聖な雰囲気を漂わせている。


俺が言葉を発せずにぱくぱくとしていると、その少年の方から「こんにちは」って話しかけてきた。

まーーーーーじか、かわいいかよ、小学生。なんなんだ、デジャブかな?絶対魔術師だろこの子。



「えっ……と、こんにちは。俺はガエル。大学3年生でさ、前は時々ケヴィン先生のところに来てたんだけど久しぶりに来て……えっ……と、」


待て待て待て待て挙動不審だよ、俺!


「って、あれ、ケヴィン先生は?」

「さっきちょっと切らしたものがあるって言って買い物に出かけました。あと、僕はロンです。よろしくお願いします、ガエルさん」

「ロン……くん。よろしくね。かわいいね。(やばい、口が滑った)ここに何をしに来たの?」

「僕はここでケヴィン先生に、魔法のことで色々と教えてもらってるんです」

「へぇ……(危ない!セーフ!)やっぱり君も魔術師なんだね。もしかして医療関係?」

「えっ、すごい……なんでわかったんですか」

「へへーん。俺ってば医学部生なんだよね。だからもしかしてそうなんじゃないかなーって思ってさ」



目をキラキラさせちゃって、やっぱ小学生かわいいかよ。ほんとに天使っていたんだな……しかし最近小学生の友達いっぱいできる俺、なんなんだ?



「ガエルさんは、何しに来られたんですか?」


……そうだった、俺、シュヴァリエ先生の論文を読みに来たんだった。ケヴィン先生がいない今がチャンスじゃん!


「俺ね、ここに置いてある論文を読みに来たんだ。ケヴィン先生には内緒だぞ」

「内緒?」

「そう。前読んでたら怒られたから、なんとなくビビっちゃってさ。これこれ、この論文」

「なんの論文なんですか」

「これね。すごいんだぞ、死者は見えるかもしれないっていう論文だ」

「……『人体の蘇生とその後の変化について…………リシャール……シュヴァリエ』……。蘇生したら死者が視えるようになるかもしれないってことですか?」

「そうー!蘇生っていっても局所的にじゃなくて、いくつか条件があるみたいなんだけどさ。俺、warlock黒魔術師信じてるんだよ」


不思議そうな、興味津々のような、ロン。warlock……とつぶやいて俺を見ている。


「そう。俺さ、絶対いるって昔っから言い続けてるんだけど、サンタがいると同じレベルに信じてもらえないからさ。だからなんか悔しくて。warlockの謎を解き明かすのが俺の夢なんだけど、そんなときにこの論文を見てはっとしたよね。死者が視えるってことは、もしかしたらwarlockだって視えるんじゃないかって」

「warlockは……魔術師の死者?」

「……うんうん、そう。君飲み込みが早いよね。俺はそう思ってる。ロンも『儚く昏くwarlock』の童話、聞いたことない?」

「あります。『warlockには近づいてはいけないよ』って絵本、教会にもありました」

「あれってさ、死者にむけた言葉かもしくは……生者に対しても、悪いことはしちゃだめだよっていう警告なんじゃないかと思うんだ。ほら、最後の一文に『彼らは貴方の" 罪 "を見ている』ってあるし……って、やべ、今帰ってくる足音したよね?ケヴィン先生帰ってくるから論文読んでたの、内緒で!」


ロンは瞬きをしてこくんと頷いた。俺はさっと元あった場所に論文を戻す。

そしてケヴィン先生がガラゴロンと扉の音を立てて入って来た。半人半馬のケンタウロス族のケヴィン先生は、近くで見ると迫力がある。5年前よりもさらに貫禄のあるおじいちゃんになっていたけれど、威厳のあるその立ち振る舞いは昔と全く変わらない。


「ただいま。ロン……と、おや、ガエルも。なんだ久しいな。元気にしてるのか」

「こんちは!元気ですよこの通り!ケヴィン先生もお元気そうで、よかった」

「当たり前だ。だが折角来てくれたが今日はこれからロンのお勉強の時間だ」

「あ、それ、医学の勉強するんでしょ?俺もさ、頑張って医学部入ったんだよ先生!だから一緒に聞いててもいいでしょ?」

「仕方ないな。今日は循環器の構造の復習するから一緒に聞いてて構わんよ」


……ん?今循環器って言った?しかも復習?

え?ロンって小学生でしょ?掛け算とかもう軽くすっ飛ばしてない?魔術師ってすごくない?????

俺、もう魔術師にはついていけないお……

そんな俺を放置してロンとケヴィン先生は二人で話し始める。


「ロン、リアムは元気にしてるのか」

「リアム先生も元気ですよ。毎日忙しそうですけど」

「たまにはきちんと休めと伝えておけ」

「わかりました。今日は来客があるから早く帰ってくるって言ってたので伝えておきますね」


え?リアム先生?


「ちょおーっとちょっとちょっと待って?え?リアム先生?もしかしてあの有名なリアム・ロアン先生?」

「そう……ですけど……」

「待ってね、うん、待って落ち着いて。えーっと……リアム先生とロンって、どういう関係?」

「リアム先生は僕の……父です」


ま じ か。世間てなんて狭いんだろう。

ていうかリアム先生ってこんな小学生の子供いたんだ……だって確かまだ若かったはず。実際会ったことないけど。

その横で「リアムはわしの自慢の弟子だな」ってケヴィン先生が笑っている。

開いた口がふさがらないってこのことだよ……今日は驚きが多すぎてもう一生分くらいびっくりした気がするな……



今日の学び。『世間は、狭い』。

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