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5-8. Mémoire《記憶》②

* * *



建物が瓦解し、砂煙が舞う中、俺は視界が真っ暗になった。

……倒壊した後、消えゆく意識の中の俺は、建物の下敷きとなり、肉も臓器も潰れ、あらゆる骨が折れているのをどこか遠い意識の中感じた。

もう、なんの感覚もない。


(……俺は死ぬんだな)


そう思いながら、先ほどの医者のことが頭をちらつく。

彼は何も悪いことをしていない。ただ、俺より年下で、俺より優秀で。

薄れゆく意識の中その医者をもっと奥へ追いやってしまったことにも罪悪感を感じていた。


(きっとあいつ、すっごい賢かったんだろうな……それなのにAIだなんて言って、俺がより危険な場所へ……追いやってしまった。……俺なんか……落ちこぼれ、で……なん、で……こんなに……不真面目、で……)


俺は自分の人生を悔い、呪った。今まさに命が尽きようとしたその時、俺の目の前に現れたのは。

……先ほどの医者だった。


「大丈夫ですか。わかりますか」


驚いた……彼は擦り傷だらけにはなっていたものの助かったらしい。


「なん……で、お前…………が、いる……ん、だ……よ……」


視界が霞み、喉が潰れて声が出ない。だけどなぜかその医者を目の前に、「生きたい」、と、そう、思ってしまった。

もしやり直せるならば、改心して、こいつのな医者にようになりたいと。


「……私は魔術師だからです。あなたがあそこの人々を救ってくれていたんですよね。あなたは生きて、多くの人々を救ってください。今、そこから出します」


(……違う……俺はあそこの人々を救ってなんか……)



………



……。



……そして俺の記憶はそこで途切れている。気が付いたら病院のベッドの上で、あの町から助かった数少ない5人のうちの1人として噂されることになった。


俺は、あのまま助かったらいけない人間だった。全然、人の役になんか立てない大馬鹿野郎なのに。


だけど……だけど俺は、救われた。あいつに。あの……若すぎる、医者に。

……リシャール・シュヴァリエに。

あの日の救助隊は、救助隊長のバルビエ氏を除いて全員殉職したことは有名な話。



……なんでだよ



悔しさがこみ上げた。俺が劣っているからとかじゃない……あいつが助からなかったという現実が、悔しかった。


なんで……俺なんかじゃなくてあいつが助かればよかったじゃないか

なんで……俺なんか……俺なんか……っ


…………


……。




悔しさに、やるせなさに、自分の無力さに、ただただ泣くしかできなかった。

なんで、俺はちゃんと真面目に生きなかったんだろう

なんで、人にやさしくできなかったんだろう

なんで、AIだなんて……


なんで、俺は。


その罪悪感だけが、塊となって胸の奥にずしりと沈んでいた。

だから、俺は目覚めた時に全てを忘れていても、『きちんとした医者にならなければ』と思ったのかもしれない。



………



……確かにそれは俺の行動を変えた。

中途半端なウルフカットはきちんとした短髪にした。ひげも綺麗にそった。

そうして俺……私は、真面目に勉強するようになった。5・6年の時の俺は物凄くよく頑張ったと思う。大学も主席で卒業した。

みんな、びっくりしていた。……優秀だった奴らもごっそり死んでしまったからというのも、あったかもしれない……みんな、多分あの時助けに入ったり、人の役に立とうとしたんだろうな……



リシャール・シュヴァリエ。あいつは命の恩人で、私の人生観を変えてくれた。



……だけど。


だけど、あのAIのような、感情のない精密機械のように淡々とこなすあいつは。

今はっきりと思い出した……淡いアイスブルーの髪に、あの白とパールブルーのオッドアイのあの特徴は……!


……リアム先生と一致するんだ。8年前だから今よりも少し幼さはあるものの、あれは紛れもなくリアム先生だった。

だけどなぜ名前の記憶違いを起こしている……?



これは死に瀕した代償なのか、脳のどこかに異常が残っているのか。

……私は、「俺」は一度死んだんじゃないかとすら、思うんだ



* * *



そうして私は目を覚ます。最初にぼやけた視界に入ったのは……ひびなんか入っていない、綺麗で真っ白な天井だった。だけど、私は同じように泣いていた。あの頃を、思い出したから……


そうだ……私はあの緊急手術の後倒れたんだ。……それで……


私は体を起こそうとした。すると「目を覚ましましたか」と声がした。

……その声の主は、リアム先生だった。



その声が、8年前の出来事と重なって、記憶の戻った私の頭に響いた。

この声は。……この、淡々としたしゃべり方は……


リシャール・シュヴァあいつリエ……だ


どこか懐かしくて、記憶の大事な部分が思い起こされるような感覚にはっとする。

それは塊となって私の胸を打ち、……私は涙があふれだした。目の前にいるのはリアム先生なのに。


胸が、頭が、熱くて、痛い。

私は、ひどいことをした……それなのに、助けてくれたんだ。こんな出来損ないの、を。

名前が違うのは……理由は分からないけど、それは記憶違いかもしれないと……私は確信していた。あのリシャール・シュヴァリエという人物は、リアム先生だったのだと



「突然倒れたので驚きました。ですが身体に別状はありません。

 ……あなたは生きて、多くの人を救ってくれていたのですね」



あの時と同じ眼差し……この、感情の薄い特徴的なオッドアイ。

そしてあの時と同じ声と同じ言葉に……ぐっと胸が熱くなった俺は堰を切ったように号泣した。

病院なのにお構いなしに、泣いた。ただただ、嬉しかった。



先生は相変わらず真顔のままだけど、どこか優しくて。私のすぐ近くに腰かけて、私の気が済むまでそこにいてくれた。


先生……


俺、先生みたいな立派な医者になるよ

年上とか年下とか、天才とか凡人とか、そんなのは関係ない。





はどうしようもないほどに、リアム先生に憧れたんだ

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