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5-6. AI 《人工知能》

- N大学病院手術室 -


◇◆ Rémi ◆◇


「ドリル。骨切り用意しておいてください」


今は【脳幹部魔導基部壊死】患者の減圧開頭術の真っ最中だ。

手順は前回と同様、後頭部からのアプローチで脳幹部の減圧を最優先とする。外科手術にて脳幹近くにある魔導基部を露出したあとは魔術師の医師の出番……魔導基部から漏出した、目には見えない魔力の腫瘤を除去し、彼らの特殊魔法によって魔導基部の壊死部を蘇生してもらうのだ。

つまり、この魔術師特有ともいえる疾患は、魔術師の医師がいないと治せない。



助手の先生は脳神経外科のヤン・マルシャン准教授だ。マティス教授がいなくなってしまったために間もなく彼が教授に昇格すると先ほど言っていた。手術室内には最近流行りの曲が流れているが、曲名などは全然知らない。


骨切りが終わり、しばらくしてマイクロ操作に移る。顕微鏡を準備している間にヤン先生に尋ねてみた。


「今日来られる魔術師の医師ってリアム先生ですか?」

「おそらくそうだろうな。私は長年ここに勤めているが、ここへ来る魔術師の医師といえば彼しか知らない」

「この病院担当ということなんでしょうか」

「いや、彼しかいないんじゃないかな。『蘇生』を使えるのは」

「……それはリアム先生も大変ですね」



やはり、『蘇生』を使えるのは現在リアム先生しかいないと見ていいように思う。

私は続けて尋ねてみた。



「ヤン先生、つかぬ事をお聞きしますが、リシャール・シュヴァリエという医師をご存じですか」

「リシャール・シュヴァリエ?聞いたことないが」

「私も名前しか聞いたことがないのですが。魔術師の医師で、彼の特殊魔法も『蘇生』だと聞いたので」

「いやぁ……どうなんだろう。私も魔術師の医師にはそこまで詳しくない。後ほどリアム先生に聞いてみては」

「そうですね。ありがとうございます」



やはり、知らない。

じゃあガエルが言っていたシュヴァリエという医師は何者なのだ



その時、「失礼します」と手術室のドアが開いた。

リアム・ロアン先生だ。やはり目を引く洗練さがある。マスクとサージカルキャップの間から覗く白とパールブルーの眼差しが今日も鋭い。技量だけ見たら神がかったような熟練なのだが、この精悍さからは若さがうかがえる。



「リアム先生、お疲れ様です」

「貴方は先日の……レミ・コスト先生。それから、ヤン・マルシャン先生。本日はよろしくお願いいたします。」

「よろしくお願いします。今ちょうど顕微鏡下手術に移るところです」


私がそう告げると、顕微鏡を準備していたヤン先生もやってきて挨拶をした。


「よろしくお願いします、リアム・ロアン先生。早速不束なお願いとは存じますが、よろしければ貴方のマイクロ操作をこの目で拝見させて頂いてもいいですかな」

「私のですか」

「えぇ、貴方の手技はとにかく綺麗で精密機械のようだとお聞きするので、私とレミ先生にも勉強させて頂けたらと」

「わかりました。レミ先生もよろしければ私が執刀します。」


……⁉リアム先生の手技を生で見られる……?

っていやいや、何私はミーハーなことを。……だけど


「ぜひ、よろしくお願いします」と言った私は、マスクに隠れてきっと浮かれたような顔をしていたに違いない。



* * *



そうして手術は一瞬で終わった……ように感じた。

速い……なんだこの正確すぎる手術は。私も先日思ったが、ヤン先生の言う通り『精密機械のような手技』なのだ。

途中で魔導基部を蘇生する際に使った彼の両の手から放たれる特殊魔法『réanimat蘇生ion』の青白い光は神聖でもあり、そこに至るまでの手術の手技は速すぎる。それでいて、寸分の狂いもないほどの正確さ。さらに閉創時の縫合一針一針すら等間隔で、まるで測ったかのようでもあり……まさにすべてが神業だった。どうすればこんな技術が……?


私は助手として、ただただ見とれていただけだ。だが、そんな助手の手すら借りずともこんなにも速くて綺麗に、無事手術は終了してしまった。

予定終了時刻よりも2時間近くも早い。

前回見た時もそうだったが、この人まさかAI……いや、なんて失礼な、……と思った時には頭痛がしはじめた。



『réanimat蘇生ion』の青白い光、それから、AI……

なんでAI?



「縫合終わりです。タオルで拭いたらドレープを……レミ先生大丈夫ですか」



リアム先生にそう聞かれた時にはめまいがしていた。頭が割れそうな程に痛い……物凄く顔色が悪いのかもしれない。リアム先生が心配そうにこちらを見ている。だけど一つだけ……一つだけ聞きたいことが……



「大……丈夫です、すみません、あの……こんなときになのですが一つだけ聞きたいことが……リアム先生は、リシャール・シュヴァリエという医師を……ご存じ……ですか」



「リシャール・シュヴァリエ」と聞いて見開いた先生のオッドアイは、そのまま時が止まったようだった。その双眸を見て、私は確信した。

しかし次の瞬間「レミ先生……!」と駆け寄られたのを最後に、私はその場に倒れた。












……思い出したのだ、あの時のことを、すべて。

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