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今日も私は大聖堂で祈りを捧げる。
今日も私は死者が視えるし、いつもと変わらない一日を送っている。私が死者が視えると知っているのはお父さんやお母さん、それからノアくんだけ。私が悩んでここで祈りを捧げていた時に声をかけてくれたのがノアくんだった。
「死者が視える」と言っても変な顔をせずに「そっかー」って初めて受け入れてくれたのが、嬉しかった。私は友達が少ないから……
彼も信仰深いのか、大聖堂に来ると大体いつもここにいる不思議な雰囲気の男の子。私が《マリア》様を信じてる、って言ったら、「俺も」って言って笑ってた。
だけどなんだか昨日の夕方頃から死者さんがいつもよりはっきり見え始めて……また学校でも変な子って思われそうで怖かったから、今日はお休みしちゃった。
私が大聖堂に来るのはお母さんが仕事が終わった後だから大体夜なんだけど、今日はそんなわけで朝からここにきている。
ここは、私の心の拠り所。
今日はノアくんは、いない。当たり前だよね、今頃学校行ってるのかな。
そうして私は今日もマリア様に祈りを捧げる。
アヴェ・マリア 恵みに満ちた方
主は貴方のお導きの元で祝福されています
神の
わたしたちのために、
今も、死を迎える時も、お祈りください。
アーメン。
……。今日は、死者さんが多い。
そう、見えるだけかもしれないけど。
だけどいつもよりはっきり見えるから私はゆっくりと避けて歩く。多分、傍から見たら随分変な歩き方をしていると思う。
そんな時、私を見ている人がいる事に気がついた。なぜだか、驚いているような……そんな雰囲気。ふわふわの髪型をした、高校生か大学生くらいの男の人。
知らんぷりしようと思ったら、その人、持ってたバケットの袋落としちゃったから私もびっくりしちゃった。その人は「やべっ」て言いながら落としたパンを拾って……私に話しかけてきた。
「ねぇ……ねぇ、君、もしかして《死者》が見える?」
「えっ……?」
「……ん、なわけないよね〜!ごめん、突然知らない人に話しかけられたらびっくりしちゃうよね。ごめん、忘れて!!あ、俺はガエル!大学生だよ。ちょっと論文が進まなくてさ、変なこと聞いちゃった」
そんなこと、初めて言われた……どうしてわかったんだろう。よっぽど変な歩き方をしてたかな。
「えっと……あの……」
「ほんと、びっくりさせてごめ……」
「私、死者が見えます」
「…………えっ」
「えっ………と」
「ほ、ほ、ほ、ほんとに?ええええほんとに!ね、ねぇ君さ、もしかして昔大きな怪我か病気したとか……あるかな?」
「あの……わかりません……すみません」
「いやっ、いやいやいやいいんだ!えええとぉ……じゃあさ。」
不思議な人……死者が視えるって言っても、変な顔せずに興味を持ってくれている……そんな感じ。
でも次の言葉は、少し意外だった。
「じゃあさ、warlockって、見たことある?」
「warlock……ですか」
「うん。warlockって、ほんとにいるんだよ。じーちゃんが言ってた」
「おじいちゃん……」
「そう。俺さ、小さい頃からwarlockの謎を解き明かすのが夢だったんだよね。大体みんな知ってるだろ?『儚く昏くwarlock』から始まる、童話みたいなおとぎ話みたいな絵本。読んだことない?『warlockには近づいてはいけないよ』っていう部分だけがやけに警告みたいでさ。子供ながらにドキッとした記憶があるよ」
「その絵本……私も読んだこと、ある……」
有名な絵本。何か国語にも翻訳されていて、このお兄さんが言っているみたいに、そこだけどこか警告のような雰囲気を与える。
「やっぱり!どの世代でも一度は読むよね。君はwarlockの存在について考えたことってない?あ、俺はガエルっていうんだけど、君の名前は?」
「ガエルさん。……私はハルです。warlockは、純粋に怖いなって、思います」
「ハルちゃん。warlock、そうだよね~。warlockってさ、《黒魔術師》って言うじゃん。だから魔術師と何かしら関係があるんだと思うんだけど……俺、warlockって死んでしまった魔術師だと思うんだよね。魔術師って死ぬことを《天に召される》って言うけど、それってつまり《死ぬ》のとはちょっと違うんじゃないかって。だって、おかしいじゃん、なんで魔術師は非魔術師と違ってわざわざ《死ぬ》んじゃなくて《天に召される》って言うのか。俺たち非魔術師は普通に死ぬのにさ。だから実はそうして天に召された後は黒魔術師になってるんじゃないかと」
「warlock……黒魔術師……転生……」
「だから、君はwarlock、見たことあったりしないかなって、思ったんだけど」
「わから……ないです。warlockってやっぱり黒いローブを着てるんですか……?」
warlockの絵本の挿絵は、どの絵本でも真っ黒なローブを身に纏った、怪しげな魔術師として描かれていることが多い。だから、黒魔術師。
「そうだね。大体挿絵通りだってじーちゃんは言ってたけど、俺は見たことないからそうなんじゃないかと思ってるよ。あと、大きな鎌を持っているとか、持っていないとか」
「今までには見たことなかったと思います……けど、そんな人がいたら気を付けてみてみます」
「ほんと!あ、でも、無理しないでね。近づいたら絶対だめだからね。ねぇ、ハルちゃんはよくこの大聖堂に来るの?」
「割とよく来ます……いつもは夜だけど」
「そっかぁ。あ、じゃあさ、ノアって少年、わかる?ここによくいるみたいなんだけどさ」
「ノアくん!知ってます、よく、ここで会うから」
「うおーーーまじかーーー!すごいな、この、友と友が繋がっていく感じ!嬉しいねぇ。今日は学校かな。……あれ、ハルちゃんは学校は?」
学校の事。聞かれると、ちょっとドキッとしてしまう。
「えっと……今日は、休んじゃって。なんだか死者さんが今日は多く見えるから……」
「そうだったのか。悪いこと聞いちゃったかな。だけど死者が視えるのは悪いことじゃないよ!全然!だって君は多分……多分ね。誰かに以前命を助けてもらったんだよ。だからこうして死者が視える」
「え……っと、それってどういう……」
「じーちゃんもさ、死にかけたところを助けてもらってから死者が視えるようになったって言ってたからさ!」
「えっ……ええっ……!」
「なんか、天使みたいな神様みたいな、すっげー神々しくて偉そうな人に助けてもらったって。淡い金髪だかベージュだかって言ってたかな……めちゃくちゃ綺麗な顔してたらしいんだけど、名前とかは知らないって。じーちゃん、5年前に寿命で死んじゃったからもう詳しくは聞けないんだけど」
「そ、そうなんだ……」
「だからさ、死者が視えるっていうのは、誰かがハルちゃんの命をつないでくれたっていう証なんだよ」
誰かが……私の命を……
「今度ノアくんとも話そうぜって言ってたから、ハルちゃんもまた一緒に話そうぜ!」
「えっ……いいんですか」
「もちろんだよ!だって俺たちもう友達じゃん」
「友達……」
「そう!じゃ、俺祈りを捧げたら行くよ。論文書かなくちゃ。warlockにも関係してるんだけどマジでやばいんだよ、わかんない事が多すぎてさ。でもやんないと……。あ、ハルちゃん、これあげる。シュークリーム」
「わぁ、ありがとうございます」
「あ、そうださっきこれ紙袋ごと落としちゃったんだった、待ってて鞄の中に……」
「ふふっ、大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「あ、笑った!なんだ~笑えばかわいいんだからさ、笑ってたらいいんだよ。死者が視えるのなんて気にしないでさ、ね!」
「あ……ありがとうございます」
「じゃあ、またね~」
「は、はい!また……!」
そうして、ガエルさんは行ってしまった。
なんだかすごい勢いのある人だったけど、いい人だったな……
『友達』だって。こんなに年が離れていても『友達』なんて言ってくれるの、嬉しかった。
私は昔大きなけがや病気をしたことがあるのかな……帰ったらお母さんに聞いてみよう。