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年末、研究室でマティス教授のしている研究に驚いてから、もやもやしたまま年は明けてしまった。冬の間は日も短くて、夜になるのが早い。
論文が全く進んでいない為休暇中も実家へは帰らず、一人安い学生寮で年を越した。
今日の月も綺麗だが、「月が綺麗だね」なんて言う相手もいない。
……あ、俺はガエル。
ふわふわ天パがおしゃれなガエルだよ。何?覚えてた?ごめんごめん。
俺が研究室で何かしらの【サンプル】を見た時、あれってやばいんじゃない……?って、焦って……だけど誰にも相談できないと思ったから、とりあえず彼女たちを探してみることにしたんだ。
……もしかしたら実は何事もなく帰って来てました、なんてことがあるんじゃないかと、淡い期待を抱いて。
彼女たちの名前はリラとリス。『
……見間違えるわけが無い。だって、明らかに双子じゃん!
彼女たちはフレデリックの昔ながらの幼馴染で、妖精みたいに可憐で、すごく、かわいかった。ウェーブがかった淡い栗色の長い髪。ぱっちりとした優しげな目元が可憐で二人ともとてもよく似ていたけど、淡いピンクの瞳でおっとりしているのがリラで、オレンジの瞳で少し勝ち気なのがリスだった。でも俺が彼女たちに会ったのはこの大学の3年間でせいぜい2回か3回くらいだったと思う。
彼女たちが失踪したと言っても所詮は友達の友達……、俺は彼女たちのその後を気にかけていなかったことを後悔した。
正直フレデリックが天に召されてしまったことの方が衝撃が大きくて、そこまで気が回らなかったというのも……ある。
言い訳にしかならないけど
……フレデリック……
……。
彼女たちが失踪したのがフレデリックの居なくなる少し前だったから7月頃。で、俺が【サンプル】を見たのは12月。彼女たちとの繋がりってフレデリックだけだったから、フレデリックのいない今、彼女たちとの連絡手段が何も無い。他に魔術師の知り合いも、いなかった。
だけど、心配はどんどん大きくなるばかりだ。彼女たちが無事なのか。もし失踪したのがこのサンプルの為だったら?
……そう思うといてもたってもいられなくなって、だけどどうしていいかわからなくて……俺は突然思い立って、街の中心部にある大聖堂にお祈りしに行くことにした。
祈ったところでどうなるわけでもなかったけど、この時の俺はとにかく何もせずにはいられなかった。
俺はクローゼットから厚手のダウンを取り出し、大聖堂へ向かう。
今日は既に終わりを告げ始めていて、きれいな月明かりの下にうっすらと雪が降る夜は、静かで、暗くて、寒かった。
(……こんなことしたって、気休めにしかならないかもしれないけど……)
そう思うも、俺は暗闇の白い雪道を歩く。
俺たちは魔術師も非魔術師も、見た目じゃ違いなんて全然違いが分からない。魔術師は魔術師同士、魔力で分かるらしいんだけど。
だけど大聖堂へ着くと、明らかに『この子魔術師だろ!!!』っていう少年を見かけた。
小学生くらいの、子供。
その子はなんか……なんて言ったらいいのか分からないけど、とにかく神々しいオーラを放っていた。
漫画やアニメなら絶対これ、魔法陣かなんか出してるじゃん!っていうレベル。霊感も魔力も皆無な俺でもそう思うくらいだから、もしかしたらその時なんかの魔法、使ってたのかな。俺にはよくわかんないんだけど。
その子は俺に気がつくとはっとして、先程までのオーラ……を、消してしまった。
この子は一体何をしていたんだろう……?
「えっと……こんばんは」
俺は話しかけてみた。
「こんばんは」
今まで何をしていたのかも特に隠す様子もなく、小学生らしい少年の声が返ってきた。ミルクティ色の髪と、意志の強そうな釣り眉にはっきりとした目元と長い睫毛、そして整った顔立ち……俺にはわかる、美少年だ。
まじかよ。びっくりしちゃうよな。魔術師ってみんな揃いも揃って美男美女ばっかかよ!
話しかけようと口を開きかけたとき
「お兄さん、もう時間外だよ」
……って言われて、あっ、となった。
確かに……もう21:00を回っていた。突然思い立ったからそのまま時間も確認せずに勢いで来ちゃったんだよな。
「えぇと、すみません。門が開いてたからついふらふらっと。君は、ここで何してるの?」
人に時間外だと言っておきながら、この子は何をしてたんだろう。
するとその子はニシシっと笑って、「秘密!」とだけ言った。
なんだよー……小学生かわいいかよ。
秘密が何か気になったけど俺は続けて質問をすることにした。
「君は、ここの子なの?」
すると彼は悩んで、「そんな感じ」とだけ言った。
ここの関係者の子どもとかかな。ちょっと不思議な雰囲気がする子だ。
……おっと、俺はリラとリスの情報を探しに来たんだ。危うくこの子に興味を奪われるところだった。
俺はその少年に聞いてみた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな。俺と同じ大学生くらいの双子の女の人、知らない?魔術師なんだけど」
「………知ってる」
少し逡巡したような、慎重な返答。
だけどその言葉に希望を抱かずにはいられない。やっぱりお祈りはするもんだな……!
「彼女たち……どこにいるか知らない?」
すると少年は、じっと俺を見た。教えていいものか、彼の中で協議しているようだった。
吸い込まれそうな程に透き通ったビー玉のような淡いブルーの瞳は、何かを見透かしているようで、俺はきっとこの子の前では悪さはできないとすら思う。
数秒……いや十数秒ほどそうしていただろうか。彼からは「教えられない」とだけ返ってきた。
「ど、どうして?」
「貴方、非魔術師ですよね。だからです」
「そんな……あんまりだ」
折角掴んだ手がかりなんだ……!神よ、俺を見放さないで!
でも『教えられない』ってことは今もどこかで生きている可能性の方が高いのでは……。それも、失踪した後に戻ってきた……と考えてもいいのではないかとも。
だけど断定はできない。何かもうちょっとしたことだけでも……
「じゃあ……彼女たちは、元気にしてる?」
「……」
「えっと、その。俺は怪しい者じゃないよ。名前はガエル・ヴァレリー。市内のN大学の医学部に通ってる。彼女たちを探してるのは、友人の友人だったからだ」
俺の言葉にぴくりと反応する少年。
今のどこに反応する要素があったのかわからないけど、警戒してるなら晒していくだけだ。
「N大学にさ、魔術師の友人がいたんだよ。名前はフレ……」
「フレデリックさん……?」
俺が名前を言いかけるのとほぼ同時だった。
フレデリックの名を呟いた少年の顔は、驚いたような顔になった。
「そうそうそう!フレデリック!君、フレデリックの知り合い?」
またしてもその少年は真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。
しかし先程とは違い、少し哀愁を纏ったような、そんな様子だった。
「フレデリックさんは友人のお兄さんでした。俺も、遊んでもらったことがある」
「そうだったのか……!それは凄い偶然だね」
「魔術師は数が少ないから……」
そこまで話を聞いたところで警備員のような人が来て、もう時間外だから出てってくれ、と言われた。
「わかりました、すみません。ねぇ君、名前だけ聞いてもいいかい。君から見たフレデリックの話とか、今度聞かせてよ。あいつ、すげー良い奴だったんだよな。」
「……俺はノア。……ノア・ロベールです。俺はここに居ることが多いから、お兄さん今度来たらフレデリックさんの話、聞かせて……!」
興味津々な様子が正に小学生で微笑ましい。そういえばフレデリックの弟、小学生だって言ってたな。この反応、もしかしたら弟くんの方と同級生だったとか……そういう感じかもしれない。
……弟の方も、フレデリックを追って天に召されたんだっけ。きっとこの子も俺と同じように、友人を失って悲しい思いをしたのかもしれない。
……
「いいよ、勿論さ!また来るよ。今度は時間内に」
そう言って去ろうとしたら、ノアは「ガエルさん」と呼び止めた。そうして
「彼女たちは元気にしているよ。……どこにいるかは、言えないけど」
と、告げた。それだけで十分だった。
「ありがとう、ノア。それが聞けて嬉しいよ」
今度こそ俺は大聖堂を後にした。やっぱり今日の月は綺麗だ。
マティス教授のサンプルは気になるけど、彼女たちのことに関しては少し希望が持てるような気がした。