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ep.2-10 ◇ Vérité 《真相》

◇◆ Ron ◆◇


先生は、《共同魔法研究所》を出てから、何も喋らない。

何か、深く考え事をしているようだった。


さっき話していた拷問って、なんのことだろう…

それから、《第二特殊魔法》について。

先生の過去を、僕はあまりよく知らない。



だけど、先生と一緒に歩くこの道は、一緒だと何故か明るく見えるんだ


「先生……」


僕を見た先生は、少し僕に微笑みかけたようにみえた。

さっき、先生があんなに感情的になったのは、僕も初めて見た。今の、この穏やかな表情もそうだ。




先生は基本的に感情を表に出さない……さっきのジル室長との話だと、過去に何かがあって、それで感情を出せなくなってしまったんだと、そう思った。




ちょうどその時、噴水のある、人気のない公園にさしかかった。

先生は、ここで話そう、と、その傍らのベンチに一緒に腰掛けた。


先生はベンチに結界みたいな魔法をかけた。

これで、僕たちの会話は誰にも聞こえないらしい。



「……ロンに、話していないことはまだ沢山ある。大事なことだから、なかなか話せなかった」



先生は逡巡しながら、すまなそうにこちらを見る。

最近、うっすらと、そんな気はしていたんだけど。僕も、聞きたいことが沢山あるんだ。



(僕は、本当に《マリア》様なの?)



僕の両目を真っ直ぐに見る先生のオッドアイは、その、声にならない質問を見透かしていたようだ。

別の話をしようとしていたであろうその口は、意を決したかのように僕の質問に応える


「……ロン、……お前が《マリア》だ。」

「……」


さっき、ジル室長が言ってた、話。

本当だったんだ……

先生が僕を見ながら問いかける。



「ロンにとって《マリア》様はどんなイメージがある?」

「それは……この世界をきちんとあるべき姿に導いてくれる者、っていうぼんやりしたイメージ…です」

「そうだな。皆そうやって教わる。この世界は混沌に満ちていて、死者も生者も同じ世界にいると。だが、魔術師の死とはすなわち天に召されることだ。魔術師は死後、死者としてこの世界を彷徨うわけでも、ただ消えてしまうわけではない。」


天に召される。これには、続きがあったんだ……


「……天に召されたらどうなるんですか?」

「現状では魂が《冥界》に行くことになっている。この世界では、簡単に言えば地獄に近い」

「……!?じゃあ、エリックとフレデリックさんも……」

「そうだな……だが本来この世界は《現界》と《冥界》の2択ではない。第3の世界は、私たちが信じている《天界》……これは、実在する。ここは所謂天国のようなところだが、現時点でここへの橋渡しがない」

「なぜ……そしたら、魔術師は死んだらみんな《冥界》へ行くの……?」

「現状はな。だが《天界》への橋渡しをしてくれるとされるのがロン、《マリア》に秘められた力だと言われている」

「……マリア様……」


先生は僕の反応を見ながら、ゆっくりと話を続けた。


「《マリア》には通常の魔法とは違った性質の力が秘めているとされるが、実情は不明だ。……非魔術師の死者は冥界に受け入れてもらえずに現界を彷徨っているだろう。《冥界》には、魔術師しか行けないとされているが、実はそれも違う。この話はおいおいにしよう」

「……」



魔術師と非魔術師……世界の構造……そして、《マリア様》……



だけど…

本当に、僕が《マリア様》なの?



「でも先生……僕の特殊魔法は『toutすべてを guérir癒す魔法』で、医療の魔法です。マリア様と何か関係があるんですか…?」

「それは……」


先生は、少しためらったように見えた


「それは、私が……」

「……?」

「……。その話をする前に、特殊魔法の話をしよう。ロンは、特殊魔法に共通点があると思ったことはないかな」

「共通点……みんな、《秘密》がある、としか…」

「そうだな。その《秘密》だが、特殊魔法の力には《元となる神》となるものが存在する」

「か、神?」

「そうだ。特殊魔法の多くは、ギリシャ神話に出てくる神がモチーフであることが多い。例えばだが、私の特殊魔法は『réanima蘇生tion』…これは、医療神である《アスクレピオス》の力を表している。彼は医学の才能が抜きんでていて死者をも蘇生できるほどの腕前を持ったと言われている。同じようにロン、お前の『toutすべてを guérir癒す魔法』は癒しを司る女神、《パナケイア》ではないかと考えている。」

「《パナケイア》…さん……」

「同じように考えると鍛冶屋のアンリさんの『créerすべてを tout創造する魔法』はそのまま《鍛冶の神・ヘパイストス》、ゼノ様はおそらく《全知全能の神・ゼウス》だろう。」

「……!」

「それで、《パナケイア》は……」



先生がそこまで話をしたところで、先生の仕事用の携帯電話が鳴った。

「……失礼」と言って先生は電話に出た。



内容から察するに、緊急の呼び出しのようだった。それも、切迫しているような。



「……すまない、緊急で今から病院へ向かわなければいけなくなった。特殊魔法とマリアの話は、また時間のある時にしよう」



先生は、忙しい。

だってこの街に、魔術師をみられるお医者さんって、先生しかいないから

だけど、この『医師不足』は神の怒りに触れたせいって、どういうことなんだろう……



先生は、携帯電話をスーツのポケットにしまって、中腰で僕と目線を合わせた。



「それから、ロン…これは最初に言おうと思っていたことだが……なかなか《訓練》に一緒に来られなくてすまなかった。これからは、今までのようなつらい《訓練》はやらせない。…つらかっただろう……何度も言うが、もう、自分を傷つける訓練はやらなくていい。先程も言った通りだ。世界や他人のことよりも、自分のことを大切にしてほしい。ジル先生も、わかったはずだ」



……リアム先生の、さっきの必死な表情が脳裏に浮かぶ

いつも真顔で。感情を表現しないけど、優しい、先生。



だけど


「でも、患者さんは……」

「今までここへ運ばれてきていた患者は私の元へ送ってもらうから安心しなさい。彼らを救うのは私たち医師の仕事だ。小学生のお前がやらなくてはいけないことではないんだよ」

「だけど……だけど先生……っ、寝てない……!」


僕は、先生が、大好きだ

先生はいつも忙しくて、寝る時間さえないからそのうち倒れちゃったらって……そのままエリックみたいにいなくなってしまったらどうしようって……そう思うと、怖いんだ


「先生まで倒れちゃったら……いなくなっちゃったらって、思ったら……僕ができることならなんでもやるよ…!だ、だから……先生は……いなくならないで……」

「……そんなことを……。……ロン。大丈夫、私のことは気にしなくていい。それよりもロンがつらい思いをしている方が、私は眠れなくなってしまう」

「……。」

「……ありがとう、ロンは優しい子だな」



先生は、大きな手で僕を撫でる

先生の優しさで胸の奥がぎゅっとなった。


先生……



……僕は…僕がやんなきゃって、思ってた



マリア様助けて、って言われて、だけど僕はマリア様じゃなくて。

違うよ、って言ってもうまく伝えられなくて。

なぜだか、たくさん、ごめんなさいって思った。


そんな僕をささえてくれるのは、ノアやエリック、先生だったんだ……

誰一人だって、いなくなってほしくなかった

だから、僕がやらなきゃって、思ったんだ



僕にはできることが限られてる。

マリア様みたいに、人々を正しい世界に導くことなんて、到底できない。



落ちていく命を救うため、完璧に治せるようになるための《訓練》

だけど僕は、僕が治療できるようになったら、先生に、休んでほしかったんだ



お願い先生、そばにいて

もう、誰もいなくならないで……



だけど…


自分を…もっと大切に……?



(…心を、壊さなくてもいいのかもしれない……)



……、本当に……?

本当に、もう、あの《訓練》を受けなくていい……?



そう思ったら、胸の奥がぎゅってなって、視界が、揺れた



「訓練の辛さは私が1番よく知っていたはずなのに……ロン、今までよく頑張ったな……おいで」


先生は、そう言って僕を抱きしめてくれた。



……あぁ、先生……



…マリア様、マリア様、Ave Maria

僕の、お願いを叶えてくださる方がいらっしゃいました

僕は、僕が《マリア》様だなんて信じられないけれど

それとも……僕にとっての《マリア様》は先生なのでしょうか

僕の、小さな世界は救われそうです

僕も、《人間》でいて、いいみたいです




ぎゅってしてくれた先生は、温かかった。

僕の世界を救ってくれた、救世主

胸の奥の奥が熱くなって、そして、涙が沢山、沢山こぼれた



…先生……




僕は、先生が大好きだ

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