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ep.2-9 ◇ Émotions 《感情》

◇◆ Gillese ◆◇


刻印の話は既知のことばかりだったが、少年には新鮮な話もあったらしい。

しかし私が聞きたいのは、それじゃない。


「リアム……刻印の話は分かったが単刀直入に聞く。ロンが《マリア》だろう」



少年は唐突な言葉に金色の目を見開いた

横でリアムが淡々と答える



「……刻印の話から飛躍しすぎていませんか」

「ふん。刻印も関係あるのだよ。そしてこの子の独特な魔法発動がそれを裏付けている」

「魔法発動……」

「貴様も感じないのか?この子が魔法を発動する度に、神が祝福しているような感覚を」

「……」

「ロンが《マリア》だ」

「…………ロン、は……」


…………


「…………ふっ、………ははっ、貴様は昔から本当に変わらないな…!確信した、今言い淀んだ貴様の反応で!貴様が言葉に詰まるのは嘘がつけないときだ……もし少年が《マリア》だったら?そんなの決まってる、早急に本来の特殊魔法を引き出すのだよ。貴様も知っているだろう、ある一定以上の魔力量保持者を肉体精神ともに限界まで追い詰めると第二の特殊魔法を発動することを…!」


「……」


「は……っ、私が知らないとでも思ったか……リアム、貴様も特殊魔法を2つ持っている。あの時、お前は、その時に第二の特殊魔法を発動した」


「……」


「……ふん……黙秘、か。リアム、貴様は学生時代の頃から全く変わらないな。見た目も、その冷静さも、嘘をつけないところさえ」



リアムは黙って聞いている

本当に、変わらない



「……話を戻す。この少年は並外れた魔力を持っている。小学生でこれは尋常ではない。刻印でも封じきれていないだろう。純粋な魔力があふれ出ている」


「……」


「だからこの子はもう1つ特殊魔法が発現する……必ずだ」


「……もし貴方の仮説通り2つ目の特殊魔法が発現するとして、限界に追い詰める以外の発現方法はないのでしょうか」


「私はその研究を行っているが、現状、ないな」


「……っ、だから貴方はロンにあのような《訓練》をさせるのですか……!そんなのは認められない……!」


「ふん……何と言おうが《訓練》は有用だ。私がこの《訓練》を行う理由。まず第一に、純粋なこの魔力量だ。子供でこんなにも膨大な魔力を秘めているのは異常だ。この子が特殊魔法を使うたびに神々の祝福を感じる。おかしいと思わないか?魔力量といいそのオーラといい、すべてが異常値なのだよ。だからメンタルをすり減らし、感情など排除するべきだと考える。そうしておかないとこの魔力を感情で爆発させたら何が起こるか想像に容易い。駄々をこねて魔力操作を誤ったが最後、最悪8年前の大災害の二の舞なんてこと、ばかばかしくて笑えもしない。


さらには医療者……貴様のように、命を左右させる者に感情なんか要らないのだよ……必ず魔法を私利私欲に使う者が現れる。医療魔法は神の領域に最も近いともされるからな……成功例は感情のない貴様だけだといっても過言ではない。まさに精密機械のような。かつていた魔術師の医師はそのほとんどが神の怒りに触れいなくなっただろう。現状の深刻な医師不足はそのせいだ……感情など、いらない。その感情排除に最も有効なのが、痛みと、恐怖だ。

……さらにもう一つ。貴様は身をもって知っているだろうが、この《訓練》のおかげであんなにも若くして医師免許を取得したのでは? 特殊魔法会得スピードが誰よりも早かった。故に《訓練》はこの少年に必要なのだよ」


「……っ、何を……医療者にこそ感情は必要だ……!貴方がやっていることには意味がない。もう自分を痛めつけさせるようなことはやめてください!」


「これは世界の為だ」


「ロンの為にはなっていない!!」



…………


……


…は……っ


感情なんか、要らない。これは、間違って居ない。

魔力の暴走なんて、大概感情コントロールができなくなったときに起こる。

だから感情なんかなくていい。

そして……感情なんかがあるからこんなにも苦しく足掻き続けるのだ

私も感情なんか亡くしてしまえれば、どれだけ楽だったか。



……だがリアム……貴様が感情的になるなんて……

何においても感情を出さない貴様が

あの時感情など一緒に失くしてしまった貴様が……!

リアムが声を張り上げる、なんてこと、あるわけが……なかった




感情のない凛とした真顔

淡々とした話し方

そんな姿しか見てこなかった

いや、一度は感情なんか失くしてしまったんだ

かつてここで《訓練》を行っていたときから

自分を壊し、自分を治す、それすらも無感情に


だが……


……


……


……『ロンの為にはなっていない』……ね。


これ以上に辛い《訓練》を乗り越えた貴様なら

中学在学中という驚異的な早さで医師免許を取った貴様なら……必ず反対することくらい容易に想像がついた。だから、今までずっと話し合いを拒んだきた


……それほど、過酷な《訓練》を受けていた


特殊魔法を完璧に自分のものにするスピードは、誰よりも早かった。……これは第二特殊魔法発現条件の一つだ。



『特殊魔法を完全に使いこなせるようにすること』



……だがその《訓練》で、第一特殊魔法は使いこなせるようにはなれど、終ぞ第二特殊魔法を発現することは、なかった


しかし


「《マリア》であれば必ず……必ず、《現界》と《天界》を結ぶ糸口となる特殊魔法が現れるはずだ……!」

「……それは憶測です。ロンが《マリア》だと決まったわけではない」

「しかし」

「断定するにはその考えでは不十分だ。ロンは……時間をかけて魔法と向き合うべきです」

「……」

「それに神々の拷問とはこんな生ぬるいものではない。貴方には到底同様のことはできない」


……


……神々の、拷問。

これでは、全然足りないと。

一体何をされたというのだ……


……だが私にも良心がないわけではない。

元は私も現界の人間……だった


くそ……くそっ……


……だが、もう、これしか……




「……お言葉ですがジル先生、今後ロンが自分自身を傷つける《訓練》は認めない」

「……」

「このままではロンは……魔法を嫌いになってしまう」

「………」

「そうなってしまっては、世界など、どうやって救えるでしょうか……」



……


……


……ふん…どうやら感情は、生き返ることが、わかった

何があったかは知らんがリアムのこんな顔、初めて見た


……かつて私は貴様にも、夢を見た。

貴様が《マリア》なのではないかと。その類稀なる学習能力の高さと師をも超える技術

だが発現した第二特殊魔法は、《マリア》のそれではなかった。


リアムは、《マリア》ではない。


……昔はもっと、感情がはっきりした子だったが、完全に感情を殺したのは、あいつらだ

そのうちの一人には……私も、運命を変えられた


………


……足りない………そう、足りない。

このやり方ではダメだということだ


………


……くそ……っ……ならば……貴様のやり方で、私を救ってくれよ……!



「…………勝手にしろ」


これしか、言えなかった。

根拠も、やり方も、何もかもが中途半端だ。

……私は研究者としても中途半端なのかもしれない



背後でリアムが、ロンを連れてこの《共同魔法研究所》を出ていくのを感じた

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