◆第一章◆
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" Ave Maria "
どうか、僕を兄さんに会わせてください
僕は、大好きな兄さんがいれば、それでよかったんだ
―エリック
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……
…
― フランス・パリ郊外 ―
◇◆
「エリック、お疲れさん」
そう言って僕を迎えに来てくれていたのは、大好きなフレデリック兄さんだ。
紺色がかった癖のない黒髪をセンターパートにわけた兄さんは、頭も良くて魔法の扱いも上手い、優しい自慢の兄。
僕は今日、学校が終わった後魔力を測定するためにここ《共同魔法研究所》に《検査》を受けに来ていた。だけど今日はいつもよりも時間がかかって遅くなっていた。
今は7月。ここフランス・パリも随分遅い時間まで明るいけれど、まだ小学2年生の僕が一人で歩いて帰るには危ないからと言って、兄さんが迎えに来てくれていた。一人で帰るよりも兄さんが一緒にいてくれる方がずっと嬉しいから、検査後だけど疲れなんてどこかへ飛んで行った。
「エリック、今日の魔力検査はどうだった?」
兄さんは黒目の大きい漆黒の、優しげな瞳をこちらに向けながら僕に尋ねる。
「今日は魔力測定だけだったけど前とあまり変わらなかったよ。僕の前がロンだったみたいでさ、あまりに魔力が多いから測定する機械が壊れちゃったんだって。だから機械を直すのに時間がかかったみたい。ロン、すごいよね。僕と同じ2年生なのに」
「はは、ロンはなんというか、神秘的な力を秘めてそうな子だよね」
兄さんはそう言いながら笑う。ロンは僕の幼馴染で同級生だけど、ロンの魔力量は他と比較するまでもないくらい、とんでもなく多いらしい。大人よりも何倍も多いんだって。
本人は、どこにそんな力を秘めてるの?っていうような、肌も髪も雪のように真っ白で、小柄で儚げな見た目をしているんだけど。だけどその姿はまさに……
「ねぇ、兄さんもロンが《マリア》かもしれないって噂、信じてる?」
「うーん、そうだなぁ……ロンが《マリア》なら、世界は平和になりそうだよね。ほら、ロンは大体誰にでも優しいからさ。だけど確かに彼の《特殊魔法》は美しいと思うよ。手を合わせて祈るような姿はとても神秘的で、まさにマリアのようだ」
「……兄さんまで。ロンは、まだ小学生なのに」
「はいはい。エリックは、ロンがマリアだと言われるのがあんまり好きじゃないんだよな」
「だって……友達だもん」
僕が拗ねたって、兄さんはいつだって穏やかに聞いてくれる。
《マリア》……それは、『この世界をきちんとあるべき姿に導いてくれる者』と大昔の大予言者が残した者の名称。この世界の人たちはみんな、幼いころからそうやって教わる。だけどその一切は不明……なぜなら、その大予言は何千年も前から伝わるものだとすら言われているくらいに謎が多く、まるで御伽噺のようでもある。
《マリア》は、いつか現れるのかな。本当にロンがマリアなのかな。
……だとしたら、責任が大きすぎる。
ここは、生きた人も死んでしまった人も、魔術師も非魔術師も一緒に暮らす混沌の世界。だから人々はいつか《マリア》がこの混沌の世界から死んだ人々を正しく導いてくれるって信じてる。天国とされる、《天界》へ。
その鍵は僕たち魔術師の《特殊魔法》に隠されているらしいんだ。魔術師全員が使える《基本魔法》とは違って個々に秘められた、それぞれの特有の魔法。
……だけどその特殊魔法も、謎が多い。
僕はそんな《特殊魔法》に関して前から気になっていたことがあったから兄さんに聞いてみることにした。
「兄さん、特殊魔法って……」
「エリック、静かに」
「……?」
その時一瞬、全身がぞわっするような生暖かい風が木々の葉を揺らし、通り抜けていった。
兄さんと一緒に歩いているのに、道端にある公園はいつもよりも闇が深く、木々はうっそうとしている。いつもと変わらない景色なのになんとなく気味が悪い。
……そしてこの気味の悪さは現実を伴ってそこへ影を落とす。