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ep.2-5 ◇ Grimoire《魔導基部》

En salle d'opération

- 総合病院 手術室-


◇◆ Liam ◆◇


【急性脳幹部魔導基部壊死】


今行っている手術の疾患名だ。

私は今、手術用の水色のガウンにサージカルキャップと手袋を身に纏い、マスクを二重にして手術を行っている。


脳外科領域の、顕微鏡下での手術



この疾患の患者が昨日から立て続けに3件、この病院へ搬送されてきている。


これは脳幹部のすぐに近くにある、魔法を司る領域……【魔導基部】が突然壊死するという、魔術師特有の疾患だ。


……原因はわかっている。昨日、《冥界を司る神》と言われるヘクター様が現界に現れたのだ。ヘクター様は普段 《冥界》にいるため現界に現れることは滅多にないが、現界に現れる際には強大な魔力を纏ってやってくるために、この強い魔力にあてられる魔術師は少なくない。



「……腫瘤形成が進んでいる。マイクロ鑷子を」



時計に目をやると既に午後2時を回っていた。患者が『魔法発動に違和感を感じる』と訴えてから既に6時間ほどが経過している。急いだ方がいい。



【魔導基部】は通称【Grimoire魔術書】(グリモワール)とも呼ばれており、魔術師のブラックボックスともいえる重要な器官だが、未だに謎の多い部分だ。



だが、治せないわけではない。



私の特殊魔法は簡単に言えば『réanimation』……『蘇生』だ。細胞単位で、壊死した部分を蘇生することが出来る。

だが神との《誓約》もあり、無闇矢鱈になんでも蘇生していいものではない。



「マイクロ剪刀。……魔導基部露出。」



壊死した魔導基部の蘇生だけなら私の魔法で簡単に治せる。だが、発生してから時間が経つと、徐々に漏出した魔力が塊となって腫瘤を形成し魔導基部を圧迫、様々な症状を引き起こす。


この疾患は、魔術師における一種の電波障害のようなものだが、【魔導基部】が脳幹に近いが故に、時間経過とともに漏出した魔力の塊が脳幹を圧迫、呼吸困難から心肺停止、最悪の場合そのまま死に至る。助かったとしても後遺症を遺すこともあり、早急な処置が必要だ。



だが脳幹部は……神との《誓約》で蘇生してはいけないことになっている。

脳死とはつまり脳幹死。

脳死は死亡扱いとなるため蘇生が禁忌とされている。生死を決めるのは神の領域だからだ。



魔力の腫瘤を取り除く為には外科的処置が必要となるが、非魔術師の医師が診ると腫瘤を形成した魔力は目には見えない為、一見すると原因不明の脳幹圧迫による脳虚血、又は別箇所での脳嵌頓が所見として見られることが多い。



「……腫瘤摘出……続いて魔導基部の蘇生を行う」



……そのため非魔術師の医師たちには、魔術師において突発的原因不明の脳幹圧迫症状が見られた場合は、魔術師の医者への連絡と、緊急処置として減圧開頭を行うことをセオリーとして共有している。




魔術師の医者は昔はもっとたくさんいたのだが……

いや、今はそれを嘆いても仕方がない。




特殊魔法 『 réanimation蘇生』……

術野が青白い光に包まれる。




「ドップラー(※)で血流を確認する。魔導基部の血流は問題ない……蘇生完了。バイタルは」

「異常ありません」

「……止血も問題ない。器械と物品カウントして閉頭」




今日はロンの《検査》に行かなければならないのにもうその予定の時刻になろうとしている。


腫瘤摘出は終わり容態も安定しているため、閉頭と閉創を助手の先生に任せて手術用手袋を外し、ガウンを脱いだ。


手術時の所見や諸々をまとめ、術式欄に【開頭魔導基部蘇生並びに腫瘤摘出術】/【 sm.特殊魔法蘇生】と打ち込み、カルテを閉じる。



そうして私は《共同魔法研究所》へ向かった。



※ドップラー…超音波で血流を確認する医療用器具の事

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