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ep.2-2 ◇ Humain 《人間》

◇◆ Ronロン ◆◇


僕の胸には《刻印》がある。

強すぎる、僕の魔法を制御するもの。


……


今日も、見慣れた道を1人で歩く

《共同魔法研究所》までの、長い道のり

最近は紅葉が綺麗になって、オレンジと黄色の彩り豊かなこの道は、見る人を感動させるものなのかもしれない。


だけど、僕の世界はあまり、色がない

心が、鉛みたいに重く沈んでいるからかもしれない


エリック………


……オレンジ色の葉っぱが、カサッと音を立てて落ちるのを見た



今日も、《検査》だ。今日は、《訓練》も一緒。


《検査》は魔力や魔法のステータスを測るもの

《訓練》はいわゆる魔法の実践。



僕の魔法『tout guérir』は、僕が知っている病気や怪我ならすべて治してしまう。

だから僕の《訓練》は、『人の病気や怪我を治す』こと。


その《訓練》は人の怪我を治すために、時々変わり果てた凄惨な状態の人を見ることもあるし、その《訓練》自体が狂気じみていると感じることもある。


……最初のころは、あまりに凄惨な姿の人を目の前に、気分が悪くなってしまったこともある。

血の匂いがいつまでも鼻孔をついて離れない

人ってこんなにぐちゃぐちゃになっちゃうんだ……って思い出すと眠れなくなる日もあった。


時々救急車がこの研究室に来るのはそのためだ。

もうを、ここへ連れてくる。

そうしてそういった人を救うのが僕の役目


だけどこの治療の目的は、

『どれだけの魔力で、どこまで治せるか』を見ているんだ


その時の魔法出力はどのくらいなのか、治癒までにかかる時間は何分程なのか、1日に何人までなら治療できるのか……そういった、ありとあらゆるデータを細かくとっている。



その理由……それは、

だから、みんな僕のことを《マリア》様のようだ、と言うんだと思う。だけど僕は……



……。



……僕の魔法は構造さえ分かれば『全てを癒せて』しまう医療の魔法。


だけど魔力を込めすぎると細胞を破壊する、破壊の魔法に転じる。……それは僕の魔法が、細胞に直接作用しているから。




だから『tout guérir』は……本当は、怖い魔法なんだ。

それを知っているのはごく一部の人だけ



……



……このあいだ僕は、自分の肩を治しきれなかった。

その時の《訓練》は、自分の腱板断裂を治すこと


でも僕は元から腱板断裂なんて起こしていない。

わざわざ《訓練》の為に


僕の魔法は《治療》も《破壊》もできてしまうから、それを……見ている。他人の組織を破壊することなんてできないから、僕は僕を傷つける。


そうして、また治療する




痛いし、上手くいかないし、散々だった。

治療するにも自分から診た他人と、自分から診る自分の解剖イメージは、意外とそのイメージの違いが難しい。

利き手が使えないと尚更だ。


外科手術が得意なお医者さんでも、自分自身の体の手術は難しいのと似ている気がする。

……それができないといざという時に役に立たないと、ジル室長は言う。


だけどできないと、どんどん焦って余計にできなくなる。

今も肩の腱は切れたままだし、痛いままだ。



……



……でもね。僕も、たくさん勉強したんだよ。

患者さんの病気や怪我も、いろんなのを治せるようになった。



軽度の打撲や、擦り傷切り傷なんかの軽い怪我は、もう、完璧に治せる。


背中とか死角になる部分も、魔力の流れを感知することで鮮明に補完して治療することができる


組織が細胞レベルで、

組織ごとに、どのくらい魔力を込めれば最適なのかも、大体感覚で分かるようになってきた。


骨折も脱臼も、治せるよ。

骨の解剖は、もう全部頭に入ってる。


だけど関節部分の腱や筋肉の構造、血管や神経の流れは複雑で360度全ての方向からの把握ができていない。


内臓系は……患者さんのなら……少しだけ。

脳や感覚器系は、まだ、これから。



心はとても複雑で、僕の魔法では癒せないと思うんだ。

でも、心は魔法で癒すものじゃないんだよ、って、リアム先生がこの前言ってた。



……こうやって、少しずつ、《人間》について詳しくなる

そうして人間は、儚くて、脆いものだと知る



……



治療内容が複雑化してきてから、僕は医師のリアム先生と、《賢者》と呼ばれるケヴィン先生から、医学について学ぶようになった。


リアム先生には前から教わってたんだけど、忙しいからなかなか一緒にいられなくて。

ケヴィン先生は町から少し外れた山の方に住んでいて、行くと大体家にいる。リアム先生の師だと聞いているけれど、普段何をしている方なんだろう?すごく温厚な方なんだけど、ケヴィン先生の元には色んな人が来るみたい。


僕、ケヴィン先生に初めて会った時びっくりしたんだけどね、体が半分、馬なんだよ。

半人半馬の「ケンタウロス」っていう種族らしい。魔法も使えるみたいなんだけど、詳しいことはわからない。

だけどとっても丁寧に教えてくれるから僕は2人の先生が好きだ。医療って、面白い。



……《訓練》さえなければね。



先生は《訓練》なんて行かなくていいって言ってくれるけど、そういう訳にもいかない。

だって、僕を待っている人がいるから。

僕ががんばれば、助かる命がそこにあるんだよ


それに……。




……今日もこれから《検査》だ。

《訓練》も、一緒。


今日は、どんなことをするんだろう。


やらなくては、とは思うけど、それとは裏腹に気持ちはどんよりと憂鬱になる。


……


マリア様、マリア様、" Ave Maria "

こんなことを貴方にお願いするのは違うかもしれないけれど

僕を、この辛い訓練から救ってください

自分の身体を壊すのは怖いんです

痛くて、怖いから、僕は心を無にするんだ

だけど……だけど、そのうち僕は、《人間》でなくなってしまいそうです


……



そうして今日も考え事をしながら歩いていたら、《共同魔法研究所》に着いてしまった。



前はエリックもいたのになぁ

一緒になることはなかったけど、エリックも頑張ってるって思ったら、僕も頑張れた



憂鬱だな……



……。



コンコン、とノックをし、ドアを開けるとジル室長が待っていた。


「……入りなさい」


一瞬、ドキッとする

小さく深呼吸をして……平常心だ


僕はここに来るとまず、自分の心を、壊す


僕は、ジル室長が苦手だ。

だって、この人の《検査》も《訓練》も、痛いし、怖いんだもん

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