◇◆ Eric ◆◇
覚悟はもう決めてある。
…でもやっぱり少し、どきどきする。
ジル室長はここ、《共同魔法研究所》で一番偉い人だ。
少し暗めの、ブラッドレッドの長い髪を一つに束ねている。
元々厳しい顔をしているけど、長い前髪のせいで表情が見えにくく、暗めのモノクルの奥から時折覗く眼光がより鋭く見える。
全然笑わないし、何を考えているのかわからない。
低めのハスキーボイスで男性なのか女性なのかもよくわからないし、ちょっと、怖い。
黙っていたらジル室長の方から話しかけてきた。
「……どうしたエリック、顔色が優れないが。」
「……冥界は」
「……」
「……僕たち魔術師は、天に召されたら冥界へ行くのですか」
意を決して聞いてみる。ジルがまっすぐに僕を見た。もしかしたら正解なのかもしれないと思った。
ここ《共同魔法研究所》は、なぜだかわからないけど、異様な空気を感じる。
僕はあれから仮説を立てた。兄さんはきっと、自分の最期を知っていた。そのうえでこの手紙をしたためていたと考えると、冥界とは天に召された後の世界なんじゃないかと思った。
僕たちが、《天界》と信じていたものの正体
兄さんがなぜ冥界のことを知っていたのかはわからないけど……
手紙のほとんどは、非魔術師について書かれていた。非魔術師とのたわいない思い出や、非魔術師のいいところ。兄さんが遺した非魔術師像は、どれもこれも楽しいイメージばかりだった。
だけど……兄さんは非魔術師とのやりとりで自分が天に召されることを知っていたんじゃないかって、思うんだ……
そして最後の手紙に、敢えて《冥界》という単語を入れたのは、何か意味があると思った。
「兄さんも、冥界にいるのですか」
「私にはわからないな」
「……では、冥界とこの世界は、行き来できるのですか」
「……」
ジルは質問には答えずくるりと背中を向けた。
「……君も冥界に行ってみたらわかるんじゃないか?」
「……冥界に……いけるのですか……?」
「天に召されてみようと思ったことは?」
「……?」
「君の仮説が正しければ、天に召されることは即ち冥界に行くということだ。しかし今この世界で冥界の人間とあったことがあるか?現時点で天に召されることしか方法がないとしたら行き来できる見込みは薄い。まぁ可能性の話だがな。しかしそこには君の大好きなフレデリックくんがいる。」
「……」
「私も意地悪で話さないわけじゃない。天に召されるということは、詳しいことが何もわからないからな。だがまぁ、そうだな……かつて大預言者が予言した内容くらいは知っているだろう」
「……それと何の関係が……?」
「これ以上はここでは話せん」
ジルは意地悪そうな顔のまま答えた。……いや、意地悪そうと言ったら失礼かな。表情一つ変えず、真顔のままだ。
天に召されたら冥界に行けるかもしれない。そしたら……兄さんに、会えるかもしれない。
兄さんからの手紙には「絶対に冥界に来てはいけない」と書かれていた。
だけど、僕の気持ちは揺れていた。
「話は終わりだ。今日の検査を始めるとしよう。」
「……」
僕は冥界や兄さんのことが頭から離れず、この日の検査内容を全く覚えていない。