- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
モノローグ
何かを決断する時はきっといつも突然で
なんの前触れもなくそれは起きる
だけど
胸が、ざわつく
えもいえないこの不安
これからきっと、よくないことが、起きる
ーロン
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
- 翌日・共同魔法研究所 -
◇◆Ron◆◇
魔術師が受ける《検査》。それは、魔術師専用の《共同魔法研究所》で行われる。
街から少し離れた場所にある、少し古いゴシック調の洋館のような見た目。
きちんと整備されているし、蔦とか生えているわけじゃないのに、お化け屋敷みたいでちょっと怖い。
僕の気持ちが沈んでいるからなのか、その《共同魔法研究所》はいつも暗くどんよりとして見える。
だって……行きたくないんだもん……
はぁ……。僕は溜息をつく。
《共同魔法研究所》までの道のりは2kmほど。足取りが重くて、いつもそれが果てしなく長く感じる。
小学校に上がると、特殊魔法を発現した魔術師が、それぞれの特殊魔法をコントロールできるようにするために通うことになる。
…だけど僕はこの《検査》が苦手だ。
特殊魔法は一般的に20歳ころまでには9割以上が発現するとされているけど、中には特殊魔法は発現しないまま基本魔法だけで生涯を終える魔術師の人も、極稀にいるんだって。
いいなぁ…僕も特殊魔法なんか使えなくったってよかったんだけどな。
物心ついた時には既に生活の一部だった『
アニメとかゲームに出てくる「ヒール」みたいな、回復魔法に近い。
だけど意外と複雑で、僕がきちんと知ってる病気や怪我しか治せない。
……前にリアム先生が言っていたけど、この世界の魔法は、なぜか、どこか、万能じゃない。
変に《誓約》に縛られていたり、魔法なのにどこか現実的だったり。
僕の魔法を羨ましいっていう人もいるけど、僕はこの《検査》が辛い。
僕もゲームの中の世界みたいに、一瞬でキラキラ~って治せたらいいのに。
……。
今日の《検査》は、《訓練》も一緒だったから少し時間がかかってしまった。昨日も《検査》だったけど、連日なんてことも珍しくない。
そして《検査》と《訓練》はいつも一緒にやるとは限らない。
《検査》は魔力や魔法のステータスを測るもの、《訓練》はいわゆる魔法の実践だ。
僕の魔法『tout guérir』は、僕が知っている病気や怪我ならすべて治してしまう。
だから僕の《訓練》は、『人の病気や怪我を治すこと』
その《訓練》は人の怪我を治すために、時々変わり果てた凄惨な状態の人を見ることもあるし、その《訓練》自体が狂気じみていると感じることもある。
……最初のころは、あまりに凄惨な姿の人を目の前に、気分が悪くなって貧血を起こしてしまったこともある。
血の匂いがいつまでも鼻孔をついて離れない
人ってこんなにぐちゃぐちゃになっちゃうんだ…って思い出すと眠れなくなる日もあった。
時々救急車がこの研究室に来るのはそのためだ。
もう
そうしてそういった人を救うのが僕の役目
だけどこの治療の目的は
どれだけの魔力で、どこまで治せるか、を見ているんだ
その時の魔法出力はどのくらいなのか、治癒までにかかる時間は何分程なのか、1日に何人までなら治療できるのか……そういった、ありとあらゆるデータを細かくとっている。
その理由……それは、
僕は構造さえ分かれば『全てを癒せて』しまう。
だけど魔力を込めすぎると細胞を破壊する、破壊の魔法に転じる。……それは僕の魔法が、細胞に直接作用しているから。
だから『tout guérir』は……本当は、怖い魔法なんだ。
それを知っているのはごく一部の人だけ
……
……今日僕は、自分の肩を治しきれなかった。
今日の《訓練》は、自分の腱板断裂を治すこと
僕は元から腱板断裂なんて起こしていない。
わざわざ《訓練》の為に
僕の魔法は《治療》も《破壊》もできてしまうから、それを……見ている。
他人の組織を破壊することなんてできないから、自分のでするしかない。
そうして、また治療する
痛いし、上手くいかないし、散々だった。
治療するにも自分から診た他人と、自分から診る自分の解剖イメージは、意外とそのイメージの違いが難しい。
利き手が使えないと尚更だ。
外科手術が得意なお医者さんでも、自分自身の体の手術は難しいのと似ている気がする。
……それができないといざという時に役に立たないと、ジル室長は言う。
だけどできないと、どんどん焦って余計にできなくなる。
今も肩の腱は切れたままだし、痛いままだ。
リアム先生に会いたいなぁ……忙しいかなぁ。肩の治し方、教えてもらわなくちゃ。
……
検査服から制服に着替えながらふと自分の胸を見る。
真っ白な胸に浮かぶのは、ローマ数字で書かれた時計のような文字盤の中心に、十字架を象ったような刻印だ。
その刻印は、最近少しはっきりしてきた気がする。彫られているわけじゃないからタトゥーとは違う……これは、魔法の類。
薄らと青白く光っているようにも見えるこの刻印にも、《秘密》がある。
僕の胸の刻印……これは、僕の膨大な魔力を制限するものだ。
そうしないと、危険だから
………
はぁ……。
深いため息をつく
着替え終わって痛む腕を抑えながら、帰る支度をしていたら入口の扉が開くのが見えた。
やってきたのはエリックだった。
あっ……と思って声をかけたかったけど、エリックは僕には気が付かなかったようで、怖い顔をして速足で奥へ行ってしまった。今日、エリックも検査だったのかな?普通、同じ時間帯に2人以上同時には検査しないことになっていたと思うけど……
ちらっと覗いてみたらジル室長と一緒に、「関係者以外立入禁止」と書かれたドアの向こうへ入っていった。
エリックはどんな検査をしているんだろう。
《検査》は、その特殊魔法によって内容が全然違う。エリックは、何も怖いことはないといいな。
そう思うも、今見たエリックの緊張したような怖い顔つきが頭から離れない。
エリック、大丈夫かな。
外では救急車のサイレンが鳴っている。
なんとなく、不安な気持ちが拭えなかった。