soirée - 夕方-
◇◆ Eric ◆◇
今日初めて学校を休んだ僕は、家でも兄さんの遺したもののことばかり考えていた。お昼ご飯もほとんど食べなくてお母さんも心配していたけど、全然おなかがすいていない。
午後4時半……そろそろ、朝特殊魔法を使ってから8時間以上が経つ。
1日に3回しか使えない僕の特殊魔法は、もうそろそろ使えるかもしれない。
僕の特殊魔法……『過去への回帰』。
僕を起点とした過去しか見えないけど、それで十分なのかもしれない。
「『retourner dans le passé 今から6日前の19:57』……!」
詠唱すると、僕の手から青白く光る時計盤のような魔法陣が現れ、僕の意識をふわりと過去へ連れて行く。まるで意識だけ浮遊して離れていくような感覚。
兄さんが僕に残したものは、すぐに見つけられるかな。
僕が一度の回帰で見られるのはたったの20秒だ。
兄の計画は既に6日前……いや、もっと前から始まっていたのだと思うと複雑な気持ちになった。兄が僕に伝えたかった事とはなんだったのか……
そうして僕は6日前の19:57に回帰する。
…
……
6日前の19:57。
ここは、家の2階にある兄さんの部屋。
兄さんに、「面白い漫画買ったから部屋においで」って言われて来たんだっけ。一緒に漫画を読みながら談笑していたら、1階から「ごはんができましたよー」ってお母さんが僕たちを呼んだんだ。
……と、回帰の場面はお母さんが僕たちを呼ぶ声から始まる。
2人して「はーい」って答えて漫画を棚にしまってから僕が先に部屋を出た直後……兄さんが机に何かを置いたのを見た。
………!これは…………!
……
…
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◇◆Noah◆◇
家で宿題をなんとか終わらせた時、ピンポン、とチャイムが鳴った。今日はロンが《検査》のあとで来て一緒にエリックのところへ行く約束をしていたから、もしかしたら思って出たら、やっぱりロンだった。だけどなんだか少し疲れた顔をしている。
ロンが受けている《検査》。何をしているのか詳しくは教えてくれないけど、なんとなく心配だ。
……と、それが顔に出ていたのだろう。ロンは「ごめんね、お待たせしちゃった」とはにかみながら言った。
ロンの『
エリックの『retour
俺は、どんな特殊魔法が発現するんだろう。
特殊魔法は、何が引き金となって発動するのかも、よく分からない。
『俺が皆を守る!』かぁ……
さっきのロンのモノマネを思い出しては、ふふっと笑った。
……ロンのことも心配だが、今はエリックだ。
「ロン、エリックは大丈夫かな」
「心配だよね。早く行こう」
「魔法で行くか」
「おっけ」
「「
こういうとき魔法って、やっぱり便利。瞬時にエリックの家に到着する。
ロンと一緒にインターホンを鳴らすとエリックのお母さんが出た。
エリックは昨日からずっとふさぎ込んでいるから少しおしゃべりして気を紛らわせてあげてって言いながら通してくれた。お茶をもってくるわね、ってエリックのお母さんはキッチンへ行ってしまったので、そのままエリックの部屋のドアをコンコンとノックする。
「エリック?」
ノックをしても返事がない。元気がないのかな。
もう一度ノックをしてから静かに扉を開けるとエリックはベッドの上で横になっていた。
「寝てるのかな」
「起こしたら悪いから帰ろうよ」
ロンと二人でこしょこしょと小声で話していたら後ろからエリックのお母さんがお茶をもって「エリックは?」と俺たちに尋ねる。寝てるみたいですって言おうと思ったら部屋の中から「わっ」てエリックが驚いたような声がした。
起こしたかな……って思ったけど、どうやらそうではなかったらしい。起き上がったと思ったら、何やら考え事をしているようだった。
「エリック、お友達よ。……あなた、また特殊魔法使ってたの?」
「お母さん……ロンとノアも……」
「捜査でいろいろ聞かれた時も使ってたでしょ?体は平気?あんまり使うと体に障るわよ」
「……大丈夫だよ。ロン、ノア、ねぇ、こっちへ来てよ」
エリックのお母さんは心配そうにエリックを見ていたけど、エリックは気にしていなさそうだった。
それよりも、今見た"
……俺たちは知ってる。エリックの特殊魔法、『過去への回帰』
いつだったか、エリックにロンと一緒に過去に連れて行ってもらったことがあったんだ。
3人で見た花の色が青だったか白だったか黄色だったかで意見が分かれて、じゃあ見に行こうぜ、って見に行ったんだったな……特殊魔法をそんな風に使ったらダメって、校長先生に3人で怒られたんだっけ。
エリックは今、何を見てきたんだろう。
エリックのお母さんも心配そうな様子を隠しきれていない様子だが、たった今別の来訪があり、部屋を離れた。
事件の後だからいろんな人が訪れるらしい。
エリック、と声をかけようとしたらエリックが突然しゃべりだした。
「兄さんが……兄さんは……まだ、どこかで生きていないのかな。ねぇ、天に召されるって、死ぬことなのかな。死んだら、僕たちは、どこへ行くの?ねぇ…もしかしたら……この"
俺たちに話しかけているのか自己解決しているのかわからない様子でエリックは興奮気味にしゃべり続けている。
「エリック?」
「兄さんは、僕に何か伝えたいことがあったんだ……過去で見た " 手紙 "……次は、8日前の朝7:32……。……!もしかして、この間の騒動の真相も分かる……?……天に召されるって、《死》じゃないとしたら……まだどこかに兄さんは……」
「え?なんだって??」
今言った " 手紙 " って、なんのことだろう。
何か自分の考えに没頭している様子だけど、エリックってこんなにしゃべる奴だったっけ?
俺たちのことはそっちのけで、メモ帳に何かをメモしている。
「エリック」
「兄さんは……」
「エリックー?」
「……だから《天に召される》ということは……」
「……『
「……っ!?」
パシャッと音をたててエリックの顔面に魔法で水鉄砲をくらわす。隣にいたロンも、水鉄砲を食らったエリックも驚いている。
「ちょっ、冷た……っ、ノア、何するの!」
「お前さ、一旦落ち着けよ。お兄さんがいなくなって悲しい気持ちはすごーくわかる。だけどさエリック、お前、なんかよくないこと考えてない?」
「……」
「いいか、《天に召される》ということはこの世界からいなくなるってことだ。《天界》は……きっと、ある。だけどそれはほとんど死ぬことと同じなんだよ……!言っておくけど、お前までいなくなったら俺たちだって悲しむからな。天に召されようなんて絶対考えるなよ」
「……っ」
……図星。エリックは少し、不安定だ。
《天界》は、ある。だけど……この世界は現状うまく機能していない。それは《マリア》とも関係があるんだけど、今、《天に召される》ということは……
「……わかったよ……ごめん」
エリックはぽつりとそれだけ言った。
それまで心配そうに見ていたロンは
「そうだ、僕フィナンシェ持って来たんだよ。そこの洋菓子屋さんのなんだけど、すごくおいしいからみんなで食べよ」
と、鞄の中からフィナンシェが入った袋を取り出す。
バターの香る黄金色のフィナンシェは、すごくおいしそうだ。
「エリック、元気出してね」って言いながら俺たちに手渡すロン。
みんなで食べたら、濃厚焦がしバターがじゅわっとあふれる本格的なやつで、すっごくおいしかったんだ。フランスは本場だからどの洋菓子屋さんもすごくおいしいんだけど、ここのは格別かもしれない。エリックも、「おいしいね」って、笑ってた。
……それまで難しい顔をしていたエリックも笑ったのを見てこの時は少しほっとしたけど、後日の学校でも、授業中も休憩時間中もエリックはずっと何か考え事をしていて、やっぱり心配はぬぐえなかった。