- 事件翌日・朝 -
◇◆
兄さんは、いなくなってしまった。
まだ、その現実を受け止められない。
……。
兄さん……兄さんは悪くない。悪いのは、あいつら非魔術師たちだ。
警察は何もしてくれない。だってほとんどが非魔術師だから。
「非魔術師に魔法を使ったのが悪い」とただそれだけ。
どうして、非魔術師には魔法を使ってはいけないの?
あいつらは魔法を使えないから?
魔法から、身を守れないから?
だってあいつらが悪いのに……そんなの、おかしいじゃないか。
非魔術師なんか……っ
僕は、昨日のことを思い出しては腸が煮えくり返り、そしてぼろぼろと涙がこぼれた。
そうしてまた今日何度目かのインターホンが鳴った。また警察かな……もううんざりだ。
僕はもう過去なんて見たくない。
……僕の《特殊魔法》は『reto
だから。
昨日あんな事があったばかりなのに、みんな無神経にあれはこれはと僕に特殊魔法を使わせようとする。1日に3回しか使えないって何回も言っているのに。そうして、同じことを何度も聞いてくるから、同じことを何度も説明する。捜査上仕方ないことだって分かってるけど、嫌になって僕は今朝、家を飛び出していた。
無我夢中で走っていたら、曲がり角で自転車とぶつかって腕を怪我した……変な方向に曲がってたから、折れてたのかもしれない。
もう、何もかもどうでもいいやって思った。
兄さんに会いたい……って、ただ、それだけ。
死んだら兄さんに会えるかなぁ……なんて淡い考えもよぎったけど、自転車とぶつかったところで中途半端に痛いだけで、何やってるんだろうな……って、僕は痛む腕を抑えてコンクリートの地面を見ていた。痛みなのか情けなさなのか、涙がぱたたと落ちた。
丁度朝の通勤通学の時間帯だったから人が沢山いて、自転車に乗っていた人や、心配した周りの人が救急車を呼んでくれようとしたんだけど、たまたま近くを登校中のロンが騒ぎを見て駆けつけて来てくれて、特殊魔法で治してくれた。
あいつの特殊魔法は『tout guérir』……『すべてを癒す』、という意味だ。
腕の骨折だけじゃなくて、前に怪我をして痕になった部分まで綺麗に治っている。
特殊魔法を使うあいつは……本物のマリア様みたいなんだ。
マリア様なんて抽象画でしか見たことがないけれど、全身純白の天使のような容姿に、手を合わせて祈るような姿は、友達だと分かっていても思わず目を見張るほどに神々しい。
だけど「マリア様のようだ」という噂は、すぐに町に広がる。この町の人たちは、《マリア》様を信じている人が多い。
でも……ロンを信仰対象みたいに崇める非魔術師たちは大嫌いだ。
ロンはまだ小学生の子供なのに、あいつらはロンに何を求めると思う?
だけど……ロンは、友達だ。
《マリア》様じゃない
本当にマリア様なら、僕は兄さんに会いたいと願う。
だけど、そんなの無理って分かってる
願ったところでどうにもならないことも。
あっという間に人々にかこまれてしまい、僕は自転車の人に謝って、ロンを連れて走ってその場を後にした。
エリック、ありがとう、なんてあいつは言うけど、ありがとうはこっちのセリフなんだよ……
走りながら、今日あったことはノアには言わないでって、ロンにお願いした。ロンは心配してたけど、分かったって言ってくれた。
僕は情けないな……かっこ悪い。朝のことを思い出してもため息が出た。やっぱり非魔術師なんか嫌いだ。
……だけど、もし、本当に兄さんに会う方法があるならば……。
《天に召される》ということは、まだまだ謎が多い。
天に召されたら、その後どうなるの?
本当に、消えて全てが終わりなの?
僕も天に召されたら兄さんに会えないかなぁ……
なんて。
この世界の構造。
《天に召される》ということは、すなわち……《死》。
だけど、そうすると僕たちが信じている《天界》って、なんなんだろう。
……知りたい
だけど、どうやって?
……
考え事をしていたら、昨日リアム先生と話していたことを思い出していた。
リアム先生……白とパールブルーの厳しい目つきのオッドアイで、淡いアイスブルーの髪を綺麗に整えている真面目で……笑わない先生。あまり感情を伴わない淡々とした話し方をするこの先生は、だけどなぜだか冷たい印象は与えない。
……
『兄さんが、僕に残したこと』……かぁ……
……
……!
そういえば。
気が動転してすっかり忘れかけていたけど、兄さんは天に召される直前、僕にこう耳打ちしたんだ
『
そして……『
……
昨日からもう既に1日経っているから、6日前のこの時間に……何かが隠されているのかもしれない。
僕の心臓が、早鐘を打つかのようにドキドキと音を立てている。先ほど警察に話をするときに特殊魔法を1回使ってしまったばかりだから、夕方にならないと使えない。僕がこの魔法を使えるのは1日3回までと決まっているから。
……早く、夕方になってほしい。
僕は特殊魔法で『過去へ回帰』して、兄さんの伝えたかったことを、絶対に見つけるんだ