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ep.1-8 ◇ Être déçu 《落胆》

- 事件翌日・朝 -


◇◆ Ericエリック ◆◇


兄さんは、いなくなってしまった。

まだ、その現実を受け止められない。


……。


兄さん……兄さんは悪くない。悪いのは、あいつら非魔術師たちだ。

警察は何もしてくれない。だってほとんどが非魔術師だから。

「非魔術師に魔法を使ったのが悪い」とただそれだけ。


どうして、非魔術師には魔法を使ってはいけないの?

あいつらは魔法を使えないから?

魔法から、身を守れないから?


だってあいつらが悪いのに……そんなの、おかしいじゃないか。

非魔術師なんか……っ



僕は、昨日のことを思い出しては腸が煮えくり返り、そしてぼろぼろと涙がこぼれた。

そうしてまた今日何度目かのインターホンが鳴った。また警察かな……もううんざりだ。


僕はもう過去なんて見たくない。

……僕の《特殊魔法》は『retourner dans le過去への回帰 passé 』。1日に3回まで、僕を起点とした過去へ回帰することができる。一度の魔法で20秒ほどしか見ることはできないけれど、僕以外に2人まで他人を連れていくことができる。……できてしまう。

だから。

昨日あんな事があったばかりなのに、みんな無神経にあれはこれはと僕に特殊魔法を使わせようとする。1日に3回しか使えないって何回も言っているのに。そうして、同じことを何度も聞いてくるから、同じことを何度も説明する。捜査上仕方ないことだって分かってるけど、嫌になって僕は今朝、家を飛び出していた。




無我夢中で走っていたら、曲がり角で自転車とぶつかって腕を怪我した……変な方向に曲がってたから、折れてたのかもしれない。

もう、何もかもどうでもいいやって思った。

兄さんに会いたい……って、ただ、それだけ。


死んだら兄さんに会えるかなぁ……なんて淡い考えもよぎったけど、自転車とぶつかったところで中途半端に痛いだけで、何やってるんだろうな……って、僕は痛む腕を抑えてコンクリートの地面を見ていた。痛みなのか情けなさなのか、涙がぱたたと落ちた。



丁度朝の通勤通学の時間帯だったから人が沢山いて、いろんな人が心配してくれた。

自転車に乗っていた人も

「ご、ごめん急に飛び出してくるものだから……君、大丈夫?腕……どうしよう、救急車、呼ぶね」

と言ってくれて……だけどちょうどその時「エリック?」と聞き覚えのある声がした。



ロンだった。たまたま近くを登校中だったらしい。


金色の目を見開いて「エリック、大丈夫?」と言いながら心配そうに僕を見た。

僕の腕が変な方向に曲がっていることに気がつくと、「今、治すね」と言って僕の目の前に両膝をついた。



『tout guérir』……『すべてを癒す魔法』

これが、ロンの特殊魔法。



ロンは胸の前で手を組んで、祈るように魔法を詠唱する。

その姿は……まさに《マリア》様のよう。

マリア様なんて抽象画でしか見たことがないけれど、全身純白の天使のような容姿に、こうして手を合わせて祈るような姿は、友達だと分かっていても思わず目を見張るほどに神々しい。

そうして暖色の光で包まれたかと思ったら、みるみるうちに痛みがひいていき……腕は治っていた。



「終わったよ。もう大丈夫だと思うけど……エリック、痛みはどう?」

「ロン……ありがとう、もう大丈夫みたい」



痛みは消失し、腕の骨折だけじゃなくて、前に怪我をして痕になった部分まで綺麗に治っている。ロンも、ロンの魔法も、本当にすごい。



ロンの魔法と治った僕の腕を見て、周りは感嘆と安堵に包まれる。そうして……人々はロンを「まるで《マリア》様のようだ」と言う。


だけどそんな噂は、すぐに町に広がる。この町の人たちは、《マリア》様を信じている人が多い。

でも……ロンを信仰対象みたいに崇める非魔術師たちは大嫌いだ。

ロンはまだ小学生の子供なのに、あいつらはロンに何を求めると思う?




だけど……ロンは、友達だ。

《マリア》様じゃない


本当にマリア様なら、僕は兄さんに会いたいと願う。


だけど、そんなの無理って分かってる

願ったところでどうにもならないことも。




あっという間に人々にかこまれてしまい、僕は自転車の人に謝って、ロンを連れて走ってその場を後にした。


エリック、ありがとう、なんてあいつは言うけど、ありがとうはこっちのセリフなんだよ……

走りながら、ロンに「腕、治してくれてありがとう」と、改めてお礼を言った。


「どういたしまして。だけどエリック、あんまり顔色良くなさそうだけど大丈夫?」

「……大丈夫。ロン、さっきのことはノアには言わないで。心配かけそうだから」


ロンも心配してたけど、分かったって言ってくれた。

そうして今日僕は……初めて、学校をお休みした。



僕は情けないな……かっこ悪い。

ため息が出た。さっきのことを思い出す。やっぱり非魔術師なんか嫌いだ。

それから


兄さん………


…………。



……もし、兄さんに会う方法があるならば……。



《天に召される》ということは、まだまだ謎が多い。

天に召されたら、その後どうなるの?

本当に、消えて全てが終わりなの?

僕も天に召されたら兄さんに会えないかなぁ……

なんて。


この世界の構造。

《天に召される》ということは、すなわち……《死》。

だけど、そうすると僕たちが信じている《天界》って、なんなんだろう。


……知りたい


だけど、どうやって?


……


リアム先生……色白で彫が深く、その陰影は彫刻美のような凄まじく整った顔をしている。白とパールブルーの厳しい目つきのオッドアイに淡いアイスブルーの髪を綺麗に整えている、真面目で……笑わない先生。あまり感情を伴わない淡々とした話し方をするこの先生は、きちんと話を聞いてくれるからか、冷たい印象は与えない。


……


『兄さんが、僕に残したこと』……かぁ……


……


……!


そういえば。

気が動転してすっかり忘れかけていたけど、兄さんは天に召される直前、僕にこう耳打ちしたんだ


19:57』と

そして……『』と。


……


昨日からもう既に1日経っているから、6日前のこの時間に……何かが隠されているのかもしれない。

僕の心臓が、早鐘を打つかのようにドキドキと音を立てている。先ほど警察に話をするときに特殊魔法を1回使ってしまったばかりだから、夕方にならないと使えない。僕がこの魔法を使えるのは1日3回までと決まっているから。


……早く、夕方になってほしい。

僕は特殊魔法で『過去へ回帰』して、兄さんの伝えたかったことを、絶対に見つけるんだ……!


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