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à l'Hôpital hier
- 昨夜・総合病院にて-
人の《死》に立ち会うことは、何度経験しても慣れるものではない
―リアム
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◇◆
今回の騒動は非魔術師に方に非があると、彼の弟の悲痛な証言から痛いほど伝わった。
……あれは、フレデリックの正当防衛だったのだと。
彼が私の勤める総合病院の救急部に搬送されてきたのは20:30を回っていた。
同伴していたのが彼の弟、エリックだ。やや青みがかった黒髪に漆黒の瞳を持つ兄弟。
この兄弟のことは以前から知っていた。
この町には魔術師を専門として診られる医者が極端に少ない。そのため私は特殊魔法を発現した者から相談をされることも多く、この町の魔術師とその特殊魔法の概要は大体知っていると言っても過言では無い。無論、そこに隠された秘密までは知らない。
しかし私がフレデリックを診たときには既に手遅れだった。ゼノ様によって天に召された後だったのだ。
それはエリックにもわかっていたのだろう。ただただ、悲しそうに涙を流していた。
泣きじゃくった後であろうその顔の、目は赤く腫れ、頬は涙で濡れていた。
兄に縋り付き、言葉にならない声と共に涙を流す姿に、胸が痛くなった。
その後まもなく肉体が消失するのを見届けた。
魔術師は天に召されると、肉体は骨も残さず消滅してしまう。それは、その内に隠された《秘密》を守るためだとも言うが、これを見届けるのは本当に心苦しいことだといつも思う。
フレデリック……どうか、安らかに
消えゆくフレデリックを見つめながら、感情が破綻するエリックを見た。
兄がいたそのベッドに伏して、いつまでも声を上げて泣いていた。……両親が到着する前に、フレデリックは消失してしまった。
……
看護師がエリックの背中をさすりながら慰めていると、徐にその伏せた顔をあげ、泣いて真っ赤に腫れた漆黒の目をこちらに向けて「先生……」と話しかけてきた。
「先生……兄さんは……僕は、もう、兄さんには会えないんですか……」
「そうだ」
「……っ、本当に、いなくなっちゃったんですか……?」
「そういうことだ」
「…………っ、うっ……兄さんは、悪くないのに……っ」
ぼろぼろと泣きながら話すエリック。
「……僕は……僕は、非魔術師なんか嫌いだ……っ、許せない……!」
「……」
エリックの背中をさすりながら慰めている看護師は遠慮がちに「先生、」と私を見る。
彼女は非魔術師……彼女の言いたいことを察してエリックに「少し2人で話をしようか」と告げると、彼女は静かに部屋を出ていった。エリックを長椅子に座らせ、並んで私も腰かけた。
あふれる涙を堪えきれず伏したまますすり泣くエリックは、暫くしてぽつぽつと話し始めた。
「……先生……兄さんは、わるくない」
「……」
「悪いのは非魔術師のやつらだもん……」
「……そうか」
「あいつらが……僕の特殊魔法を狙って、連れて行こうとしたから……!……っ、だから兄さんがあいつらを魔法で攻撃して……っ」
「……」
「………………絶対破っちゃいけないルールだってことも……わかってる……。でも……」
「……」
「……だけど……っ」
エリックは再び感情が溢れるのを堪えきれず、大きな瞳から涙を落とし、うつむいたまま押し黙ってしまった。……握りしめた拳は震えているようだった。小学生の彼にとっては受け入れ難いことだろう。
相手は数人の非魔術師。エリックに手を出そうとしたのをフレデリックが庇い、そのまま騒動に発展したらしいと事前に聞いていた。だからこそ、許せないのだろう。
『正当防衛だったのに、なぜ兄の方が召されなくてはならなかったのか』……と。
「……兄さんは」
エリックが口を開く。
「……兄さんは、非魔術師の学校に通ってた……兄さんは相手を『非魔術師だ』って言ってたから相手は……そっちの方での知り合いだったのかもしれない。……だけど……、だけど、兄さんはみんなから馬鹿にされてたんだ。本当は魔法なんか上手く使えない……" 出来損ない" だって……うっ……兄さんは、すごい魔術師なんだ……っ、なんで、そんな……っ」
エリックは嗚咽を漏らしながら感情を吐露する。
「う……っ、く、、僕は……僕は、非魔術師なんか大っ嫌いだ……!あいつら、あいつらが、兄さんが……っ!うっ……それに…それにっ!うっ……ねぇ、先生……っ……兄さんは……うぅわぁあああっ……!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、エリックは私の白衣を掴んでわぁわぁと泣き出した。
エリックの気持ちは痛切に伝わってくる。今は背中をさすって宥めてやることしかできない。
……このまま非魔術師嫌いがエスカレートしなければ良いが……
しかし
兄、フレデリックの特殊魔法は『pré
勿論本当に知らなかった可能性もあるが、もし知っていればなんらかの方法でメッセージを残したりしないものだろうか。
……それとも、自分の視た未来は変えられない、または他言してはいけない等の誓約があるのか……
「エリックくん」
私の白衣に顔をうずめて泣いていたエリックは、涙に濡れた瞳を私に向けた。
「非魔術師は、悪い人たちばかりではないよ。中には、良い人だっている」
「……」
「君の魔法は……。いや、フレデリックが君に何か残したことはなかったかな」
「…………」
「……何か話したいことがあったらいつでも周りを頼りなさい。ご両親でも、友達でも、私でも構わない。フレデリックは禁忌を犯してまでも、君を守りたかったんだろうな」
「……っ」
堪え切れずはらはらと涙を流すエリックの、まだほんの小学生のその肩は、とても華奢に見えた。
……
その後まもなく兄弟のご両親が到着したが、フレデリックの最期を見届けられなかったことを心底悔しそうに、また、とめどない涙を流しながらエリックのことを抱きしめて、泣いていた。
人の《死》に立ち会うことは、何度経験しても慣れるものではない。
……
彼らを見送ったあと、私はフレデリックのカルテを見ながら思考した……私にはいくつか疑問があった。
魔術師でありながら非魔術師の通う学校へ通うことを選んだフレデリック。彼は、非魔術師が好きだったという。
そして、彼の『未来が見える』という特殊魔法。
その後の警察の話によると、今回の件はやはりフレデリックの正当防衛として処理されるらしい。だが、ゼノ様のルールは絶対。
そして、相手の非魔術師の方だ。彼らは若干低体温気味ではあったものの、ずぶぬれになっただけで
今は7月だからそれも幸いしたのだろう。
つまり、フレデリックは、彼らを怪我させようとしたわけではなかったのだ。
……
現状、フレデリックの意図は不明だが、そこには何か理由があるのかもしれない。
……彼は、この未来をどう考えていたんだろうか。