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第45話 深淵の檻の中で(シリアス編、夢幻)

「──英子えいこちゃん。違うよ、こっちだよ」

「えっ、今どこにいるのですか?」


 私は蛭矢えびや君から、休日デートに誘われて、暗闇の夜道を歩いている。


 そう、私たちは二人っきりで、朝から最寄りの遊園地に遊びに来ていた。


 今はちょうど、近日公開された、暗闇の迷路のアトラクションを楽しんでいる最中だ。


「ははっ、早くも迷子かい?」


 近くの壁越しから、彼の声が聞こえる。

 私は彼の声を頼りに、壁に沿いながら歩いていく。


 暗い道を歩くのは少し心細いけど、とても楽しい。

 この充実した日々が、いつまでも続けばいいのに……。


 そう思った瞬間、私の身に付けた義足が細かく震えだし、次々とコンクリートが裂けて、足場がガラガラと崩れていく。


「きゃ、いきなり何なのよ!?」


 私はバネを使うかのように足を踏み出し、その場から離れる。


 これも、またこの迷路の仕掛けかな?


 しかし、離れても崩れ落ちていく足場は私のかたわらまで近づき、私自身もその真下へと落ちていった。


「きゃあああ!?」


『蛭矢君、助けて』と叫ぼうとしても、なぜか声が出ない。


 私が恐怖で震えているせいかな。


 すると、すぐ隣に同じく落下していく蛭矢君がいた。


「英子ちゃん、僕たちはいつまでも君と一緒だよ」


 こんな状況でも、彼は腕組みをしながら、何も動じることなく落ち着いてる。


 ……まさに、医者だけのことはあるよ。


「──ほんとライトノベルのような世界観だな。一難去って、また災難かよ」

「別にいいじゃん。こんなハプニング、いつものことだし」

「確かに違いねえな」


 蛭矢君だけじゃない、美伊南びいなちゃんに、大瀬おおせ君もいる。


「やーね、あたしのことを忘れてないかなあ?」


 しかも、あの夜美やみちゃんもいた。


 だけど、この子だけ私たちとは違った。


 まるで絵本で見た小さな妖精のように、手のひらサイズで、背中には一対の羽が付いていたからだ。


 私たち四人がバラバラになって落ちていく流れに身を任す中で、夜美ちゃんだけは、その羽を羽ばたかせながら、私たちに合わせて飛んでいる。


「夜美ちゃん、あなたは一体?」

「さあね、世の中ねえ、分からない方が幸せだったという言葉もあるんだよ」

「ああ、そうだな。いずれ、この世界も終わるからな」


 夜美ちゃんも蛭矢君も、何を言ってるの?


「そう、目覚めたら、全部忘れてるから」

「夜美ちゃんも何を言ってるの?」

「……あのね、あたしは実は、蛭矢お兄ちゃんの妹じゃないの」

「知ってますよ。夜美ちゃん本人から、実の妹じゃないと聞いたから」

「いや、そうじゃなくて、あたし自身が存在しないの」

「えっ、どういうこと?」


「……あたしは実は夢を司る妖精、通称、ヤミの妖精。結局は、英子お姉ちゃんをだます形になってごめんね」

「言っている意味が、よく分かりませんが?」

「大丈夫。目覚めたら、あたしのことは忘れているから。短い間だったけど、ありがとう。あたし、お姉ちゃんのこと、忘れないから」 

「私もよ、ありがとね」


 私は仲間から遠ざかり、手を伸ばしてきた夜美ちゃんと手と手を繋ぎ合わせて、空中を軽やかに舞った。


今宵こよい、二人だけの最期の空中ダイブも悪くないね」


 夜美ちゃんがこちらに向かって、意味深に笑いかける中、私は深い眠りへと落ちそうになるが、何とか堪える……。


「蛭矢お兄ちゃんをどう思っているか、その感情を確かめさせてもらったわ。でも、この調子なら大丈夫かな。

──この夢から覚めても、蛭矢お兄ちゃんを、これからも支えてあげてね……」

「うん、中々、素直になれなくてごめんね」

「いいよ。結果オーライだったし。じゃあ、あたしは行くね……」


 夜美ちゃんが私から手を離し、鬼火のように天へと昇って消えていた暗黒の世界に、段々と光の亀裂が次々と入り込む。


 まるで、この世界の終わりを告げるかのように、私はその場で視界を閉じた……。


****   


「──英子、英子ちゃん!」


 私の眠りを妨げる、何かしらの男性らしき声。


「なっ、何よ……?」


 私がゆっくりと目を覚ますと、寝ていたらしきベッドの周りに、いつもの顔ぶれがあった。


 私を起こしてくれた蛭矢君、周りをキョロキョロしている落ち着きのない美伊南ちゃんに、私の顔をただじっと見ている大瀬君。


 何てことない。

 私を含めた、いつもの四人のメンバーだ。


 場所からして、あの病院の室内のようだね。


「どうやら、知らない間に寝てしまったようですね。心配かけてごめんなさい」

「いいさ、学校は休みだし、ちょうど春休みだもんな」

「……えっ、学校って?」

「やっぱり記憶が混乱しているか……」


「英子、アンタ見知らぬ恋敵の女子から恨まれて、学校の三階の屋上から突き落とされたんだよ」


 美伊南ちゃんが、ベッドに前のめりになって、私をあやすように両手を掴む。


「えっ、そうなのですか?」

「ああ、それでもって、幸い、体は無傷だったけど、頭を強く打って、今まで意識がなくてな。でも何かしらの夢を見てうなされていたから、親身になって、こうやって面会の時にいつも声をかけていたのさ」

「そしたら、こうやって目覚めたと?」

「そう言うことさ。少し外の空気でも吸いにいくかい」


 蛭矢君が私の手を取って、立ち上がらせようとする。


「待って下さい、車イスがないと……」

「えっ、何を言ってるんだい?」


 ふと、足元を見ると、私は二本の支えでしっかりと床に立ち上がっていた。


 何でなの、両足がちゃんとある?

 私は動揺して、声も出せない。


 それに、三人とも高校の制服を着ていて、顔も若々しい。


 蛭矢君に至っては、医者の服装もしていない。


 あと、美伊南ちゃんは、結婚指輪をはめていない……。


「……あの、私はタイムスリップでもしたのでしょうか?」

「はあっ、何を寝ぼけたこと言ってんの? 蛭矢、やっぱり英子を外の空気に触れさせた方がいいよ」

「そうだな、行こうか。英子ちゃん」


 私は蛭矢君から手を引かれ、病院の中庭へと移動した。


 私は何か肝心なことを忘れている。

 だけど、いくら考えても思い出せない。


 むしろ、思い出そうとするほど、頭が痛くなり、その幻の記憶は書き消され、私は今の記憶が膨らんでいくことを感じた。


 ──私は英子。

 18歳で高校三年生。


 困惑する記憶を抱えながらも、今を精一杯生きている……。



 第45話、おしまい。


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