「──何だって、
「どうしたの。
「英子がファミレスの店内で倒れたらしい」
「えっ、ガチのやつ!?」
ソファーで寝転がり、テレビを見ていた
幸いカップはプラスチック製なので、床には中のホットミルクが散乱しただけだ。
「それ、大丈夫なの!?」
「分からん。今は意識はあるらしいけど、とりあえず急いで病院へ行こう!」
「うん、分かった」
俺たちは、英子が入院した病院へと急いだ。
「ねえ、英子が、また目覚めなくなったとしたらどうする?」
俺が車を停めて、病院の駐車場から降りると、彼女が暗い表情でポツリと呟いた。
「美伊南、らしくないぜ。縁起でもないこと言うなよ」
「だってさ、英子は何年も寝たきりになったままだったんだよ。今回は神様がくれた奇跡みたいな感じだったじゃん」
「まあ、落ち着けよ」
「じゃあ何で、大瀬は平気なのよ?」
俺は美伊南を優しく抱き寄せてから、彼女の手のひらを掴み、自身の胸へと当てる。
自分でも理解できるほどに、高らかに脈打つ心臓の鼓動音。
それに触れ、今まで
「分かるか。俺だって、心臓が張り裂けそうな気持ちになってる」
俺に涙を見せながら、上目遣いを向ける彼女。
その涙が頬を伝わり、俺が着ている黒のテーラードジャケットに染み込んでゆく。
「俺たちは英子の友達だろ。その友達に何かあったら、冷静さを
「……うん、そうだね」
「だから暗い話は止めよう。何があっても、前向きに生きないと、人生損するぜ。
──じゃあ、行こうか」
「うん」
俺たちは焦る気持ちを抑えきれずに、病院の建物へとダッシュした。
****
「ええっー? ただの寝違い?」
「そうそう、店の座席に座ったまま、ずっと微動だにしなかったから、もしかしてと思ってさ」
医師の
「……でも電話では、倒れたって聞いたよ」
俺も美伊南のその言葉に同意して、頭を
「ああ、あれは貧血さ。退院したばかりでまだ生活に慣れてなくて、ここ最近、ろくな食事を摂っていなかったらしい」
「はあ? じゃあ俺たちは取り越し苦労だったってことかよ?」
「……まったく心配させるなよな」
「ごめんなさい。みんな……」
ベッドに仰向けになり、栄養剤の点滴を受けている英子が少しだけ体を起こし、すまなさそうに頭を少し傾ける。
「いや、英子が悪いんじゃない。コイツの
「あいたたた。ぐるじい!?」
俺は蛭矢の背後に迫り、首をギリギリと締めあげる。
その攻撃から逃れられずに、蛭矢はバタバタともがき苦しんでいた。
「この心配かけて……蛭矢のお調子者さんがぁー!」
さらにそこへ追加攻撃、美伊南のたこ焼きパンチが、蛭矢の頭にポカポカと
顔が泣き面からして、彼女なりに心が冷えるような想いだったのだろう。
「……二人ども分がっがら、ごめんごめん……」
「心に誠意がこもってないんじゃあ!」
「ふぐお!?」
二人のダブル攻撃により、眼鏡が外れかけた蛭矢が白目を剥きながら、バタバタと
「美伊南ちゃん、大瀬君、止めて。それ以上やると蛭矢君が死んでしまいます」
英子の天使のような優しさから、我に戻る夫婦。
「確かにそうだね。こんな子豚ちゃんの殺人犯で捕まりたくない」
「誰が
「いんや、美伊南たち夫婦からしたら、病院の近くの池で、入院患者とザリガニ釣りして楽しんでるからに、アンタはまだ子供よ」
「なっ、あれを見ていたのか。釣りは男のロマンだぞ。それに釣っていたのはバスだぞ」
「バスも、
「いや、魚と紙切れじゃ、全然状況が違うだろ!」
確かに釣り目的で
デカイ魚は釣れるけどな。
「──ああ、もう夜も遅いし、他の患者さんの邪魔になるから帰った、帰った」
苦笑いを含んだ蛭矢が、俺たちをぱっぱっと追い出しにかかる。
「はーい、英子じゃあね」
「またな」
****
「ふう、行ったようだな……」
二人が居なくなったのを確認して、蛭矢君がようやく口を開く。
「──英子ちゃん、本当に気をつけてくれよ。下手をしたら重い合併症になるぜ」
「……えっ、何のことですか? ただの寝違いですよね?」
「あれは冗談だよ。あれからきちんと調べたら、ヘルニアになりかかっていた。傷口の化膿止めや、痛み止めの薬とか、ちゃんと飲んでる?」
「いえ、最近痛くないですから、服用はしてませんでした」
「それじゃあ、駄目だよ。今回は運が良かったで済んだけど、下手をすると寝たきりになっちゃうよ。まだ傷は完治していないんだから」
「はい、すみません……」
そうか、私のワガママで大勢の人に迷惑をかけたね。
これからは気をつけないと。
「それより、英子ちゃん。明日は天気が良いみたいだから、病院の中庭に行かないか?」
「えっ、
「さあ、何だろうね。蛇が出るか、
そう言った蛭矢君は、どこかしら楽しそうな目つきで、窓から見える星空を眺めていた。
「ああ、明日は
ふと、窓ガラス越しから見ると、たぷたぷのお腹を揺らしながら、蛭矢君は何処と無く笑っているように映っていた。
「蛭矢君のシス
「えっ、僕も好きだな。キャラメルソースがかかった甘いやつ」
「もう、東○トのお菓子、キャ○メル
この人の頭の中は、食べ物のことしか眼中にないのかな。
第42話、おしまい。