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第41話 理不尽なファミレス

蛭矢えびや君、遅いですね」


 私は入院していた病院の近場にある、小洒落こじゃれたファミレス『ピカゾ』で蛭矢君を待っていた。


 彼の話によると、今日の勤務は常勤で、夕方の6時くらいからなら会えると言われ、近くにある、この場所で待っている。


 しかし、緊張するなあ。


 そりゃ、そうだよね。


 今から本当の想いを私からも伝えるんだから、普通のふりができる方がどうかしているよね。


「あの、お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」


 私の席にカクカクな人の似顔絵が描かれたエプロンを着けた、高校生くらいの若い女性店員がやって来る。


 ここでドリンクバーだけで、何も頼まないわけにはいかない。


 なるべくお腹も満たせて、精がつく食べ物。


 それに勝つという暗示もこめて……。


「かっ、カツカレーでお願いします」

「えっ? はい、かしこまりました」


 店員が『えっ、それいっちゃうんですか?』的な驚いた表情でキッチンへとリターンする。


 やっぱり、女性がカツカレーを食べるのは外れているのかな。


 壁際にあった時計の針は、夜の7時を回ろうとしていた。


****


 それから10分くらいが経ち、出入り口のピンポンが鳴り、一人の見慣れたお客が入店する。


「よお、英子えいこちゃん。待たせてごめん」


 青のパーカーに、黒のジーンズの蛭矢君だ。


 今回はマニアックで、アニメチックなおかしな格好じゃない。


 勤務が終わって、直通の仕事帰りだもんね。


「……しかし、それにしても何それ?」


 蛭矢君が私のいるテーブルを見て、思わず目が点になる。


「はむはむ。カツカレーですよ?」

「……それ普通、女性が待ち合わせ場所で食べるかい?」

「ああー! それ差別ですよね。女の子だってガッツリ食べたい時もありますよ」

「だけど、それにしても、ご飯の量が凄く多いんだけど?」

「はい、特盛を頼みましたから♪」

「……もはや、大食い女王だな」


 蛭矢君が仰天ぎょうてんの目つきで、私を見つめているよ。


 あんな、はしたないみたいな発言をしておいて、そのわりにはジロジロと私の口元ばかり……。


「さっきから女の子が食べる仕草をじっと見て、蛭矢君のスケベです」

「ごめん、あまりにも美味しそうに食べていたから」

「蛭矢君も何か食べますか?」

「そうだな。ずっと見ていたら、お腹が空いたな。僕も何か注文するかな」


 蛭矢君が私の向かいに着席して、呼び出しベルを鳴らし、店員を呼ぶなり、色々と注文している。


 ものの10分後に、テーブルを埋めつくす料理の数々。


 ピザにステーキ、親子丼にサンドイッチ、小籠包に高菜ピラフ、ハンバーガーにミートスパゲティーに、焼き魚、豚カツ、コロッケ、餃子……揚げ物、ドンブリ、定食……まさにキリがない、高カロリー、高タンパク食のオンパレード。


 そう言う蛭矢君だって、大食い魔神じゃん。


「英子も食べるだろ、僕がおごるからさ」

「私も食べる前提なんですね」

「だってそんなの食べて、まだ終わりじゃないだろ?」

「失礼ですね。だからタプタプになるのですよ」

「たぷたぷって何だ?」

「いちいち聞かないで、分からないならググって下さい」

「はいはい……たぷたぷと……」


 そう呟きながら蛭矢君は、可愛らしい女の子のイラストが描かれたカバーをつけたスマホで検索している。


「あれ、何やらエロい画像が出てきたんだが!?」

「はっ、タプタプでどうしてですか?」

「はては英子ちゃんもスケベだな?」

「どうしてそうなるのですか!」


 本当に彼の発言には、遠慮というものがない。

 乙女に対して失礼だよ。


「──って、何、私は、ちゃっかりとファミレスでデート気分を味わっているのですか!?」

「頑張れよ、恋する清少○言」

「野口○郎さんみたいな人に言われたくはありません……」

「そうか、僕もついにイケメンデビューか」

「あの、医者としての例えですからね?」

「照れるなよ、僕と君との仲だろ?」

「あっ、いえ、その……」


 それから先の言葉がつっかえる。

 やっぱり言えない。

 彼の目の前だと打ち明けられない。


 私の口からは……。


「英子ちゃん、うつむいたまま、どうしたの?」

「あっ、えっと……」

「まさか、お腹が痛いのかい? だったら早くした方がいい」

「なっ、何でそうなるのですか!」


 私は、彼の足を思いっきり踏んづける。


「ひぶし!?」


「もういいです。私、帰ります」

「待ってよ、大事な話があるから、呼んだんだろ」

「そうですが、ここまでおまぬけさんとなると……」

「おまぬけは君もだろ……ぎゃぴっ!?」

「だから、一言余計です」


 私は再び席に座り直し、蛭矢君の足をめがけて腕を伸ばし、指でぎゅーと彼の太ももをつねる。


 思わず勢いあまって座った席から、上半身が飛び出しそうになる彼。


「……はひっ、それで話と言うのは?」


 涙目になりながらも、テーブルに突っ伏し、私と対等に向き合おうとする蛭矢君。


 もうズルいよね。  

 いつも生意気だけど、口だけは上手いんだから……。


「……あっ、それから大切な話に入る前に、僕からもちょっといいかい?」

「何でしょう?」

「英子ちゃんに紹介したい人がいるんだ」


 不意にカウンター席に座っていた、黒いみつあみの髪の少女がこちらに振り向く。


 その少女は小学生くらいな姿で、私と目が合うと感激な表情をしていた。


「……まさか、この子が?」 

「ああ、僕の妹の夜美やみちゃんだよ。晩ご飯のついでながら、彼女もこのファミレスで待たせていたのさ」


 夜美ちゃんが、軽やかな足取りでこちらに滑走してくる。


「英子お姉ちゃんのおかげで、あたしの命が助かりました。ありがとう」

「夜美ちゃん……」


 私は可愛く会釈えしゃくする夜美ちゃんを、包み込むように抱き締めた。


「えっ、お姉ちゃんどうかしたの?」

「私ね、あなたにずっと会いたかった……元気になって良かったね」

「うん。お姉ちゃん……ありがとう」

「どういたしまして」


 さあ、夜美ちゃんにも会えたし、勇気ももらえた。


 だから今こそ、私の想いを伝えるよ。


「蛭矢君。今度こそ、めんと向かって話があります」

「ああ、何だい?」

「実は私は……」


「……うぐっ!?」


 そう、言葉を開きかけた瞬間、私はバランスを崩して、椅子から床へとずるりと崩れ落ちた。


「英子ちゃん?」


 体が、いや、両足が痛くて痺れた感覚で、まともに動かせない。


 私はファミレスな場所だけに声も出せず、唇をへの字に曲げたまま、痛みに耐えるのにただ必死だった……。


「どうした、英子ちゃん、英子ちゃん!?」

「お姉ちゃん、しっかりして! 蛭矢お兄ちゃん、早く病院へ電話を!」

「ああ、分かった!」


 薄れていく景色の中で、蛭矢君と夜美ちゃんに介抱かいほうされながら……。



 第41話、おしまい。

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